第11章 薄暮と黎明
「悔しいです。分かってましたけど実力差が酷過ぎます。あと一回!あと一回で諦めるのでお願いします!」
「鬼殺隊入って一年やそこらのお前に負けてたまるか。別にいいんだけどよォ……お前動く度に飛沫飛んでくんだよ。胡蝶、手拭いねェか?せめて顔と髪だけ……」
「どうぞ」
何処から取り出したのかはさておき、しのぶは風音にではなく実弥に手拭いを差し出した。
「……俺が拭くのかよ。はァ……風音、拭いてやるから前に座れ。髪くらい拭いとかねぇと風邪引いちまうだろ」
ずぶ濡れにしたのは実弥なのだから実弥が責任をもって拭いてやれ……としのぶの無言の圧力に逆らうことなく、実弥は呑気に喜び飛沫を飛ばさないよう慎重に歩み寄ってきていた風音の手を引いて前に座らせる。
「ったく、こうなんの分かってんのに挑むかァ?普通……負けず嫌いにも程度ってもんがあるだろ」
呆れながらも風音の髪を拭く手は止まらない。
しかも髪を痛めないように流れに沿って拭いてやっているものだから、杏寿郎もしのぶも心の中で驚いている。
だが風音はこうして拭いてもらうのは珍しくないので、何も驚かず疑問を抱かず笑顔のままされるがままだ。
「ようやくコツが掴めてきたんです!実弥さんの集中が何かの拍子に途切れたら勝て……」
「カナヲ!アオイさん!今日もよろしく……あれ?しのぶさんと……煉獄さんに風音?と……禰豆子を刺した人?!」
本来この道場で機能回復訓練を受ける者が姿を現し…… 風音の髪を拭く実弥の手が止まった。
風音からは実弥は背後にいて表情は見えないものの、目の前に現れた剣士を見ればどんな表情をしているのか嫌でも想像出来た。
(竈門さんだ。うーん、実弥さんの怒気が手を通じて伝わってくるような……どうすればいいんだろう?杏寿郎さんか胡蝶さんにお任せすれば……)
「竈門君、今日もきちんと訓練に来て偉いですね。カナヲとアオイはまだ来ていないので、風音ちゃんと柱二人との薬湯訓練を一緒に見ませんか?」
まさかの見学に誘ってしまった。
しのぶから炭治郎への提案に風音の心臓が緊張から激しく打ち始めたところで、手拭い越しに頭をポンと優しく撫でられた。