第11章 薄暮と黎明
「訓練内容はいたって簡単です。湯呑みの中には薬湯が入っています。それを互いにかけ合うのですが、湯呑みを持ち上げる前に相手から湯呑みを押さえられた場合は湯呑みを動かせない……というものです。今は不死川さんか煉獄さんしかいらっしゃいませんので、自ずと相手はお二人のうちどちらかとなりますが」
……どちらを相手にしても風音が全身ずぶ濡れになる未来しか見えてこない。
しかし自ら望んで自分に出来る訓練はないかと聞いたのだ、悲しい未来に冷や汗が背中を伝ったとて引き下がるなんて出来るわけがない。
「分かりました!ではやはり初めは師範にお相手願いたいです!」
「俺かよ……しゃあねェ。途中で泣きべそかいてもやめねェぞ」
「泣きません!一回でも師範に薬湯をかけます!」
気合い十分な風音に柱である実弥も本気で挑むようだ。
羽織が濡れてしまわないように風音がきちんと脱いで丁寧に畳んでいる傍らで、腕まくりまでして準備万端である。
そうして二人の準備が整い見合った所で、笑顔で見守る杏寿郎と、 審判を務めるしのぶが顔を見合せ……スッとしのぶの手が下ろされた。
バシャッ
「……師範、手動いてましたか?気が付けば薬湯が顔にかかっていたんですけど」
「動かしてるに決まってんだろ」
「不死川は動きが速いからな!手を見ることも大切だが、予備動作を見ることも大切だぞ!」
助言をしてくれた杏寿郎の目は爛々と輝いて体はうずうずと動いているので、どちらと言わず薬湯の訓練をしたいのだろう。
実弥を満足させることが出来れば次は杏寿郎……頭のみならず体もずぶ濡れになっている自分の姿を想像して苦笑いを零す。
「ありがとうございます。では師範に薬湯をかけることが出来れば、次は杏寿郎さんにお相手願いたいです。待っていてください!」
「いい根性してんじゃねぇかァ、俺に薬湯ぶっかけられると思ってんなら考え改めろォ!」
……薬湯をこんなに消費していいのか。
そんな疑問が湧くほどに風音は薬湯まみれとなり、風音の周りには水溜まりならぬ薬湯溜りが出来ていった。