第10章 犠牲と招集
可愛らしいまま元気に育っている金魚たちだが、その金魚たちに対する最近の悩みは二人して甘やかせすぎて、少しお腹がフクフクとしてきたので甘やかせるのを控えないといけないことである。
「そうか!お嬢ちゃんはもちろん、坊ちゃんも君を見る時に優しい顔してたから心配はしてなかったけど。お嬢ちゃんたちに引き取ってもらえてあの子たちも喜んでいるに違いない」
店主の言葉にどの子をお迎えしようかと悩んでいた時の実弥の顔が風音の頭の中に浮かんだ。
長時間悩んでいた風音に呆れるどころか一緒になって悩んでくれ、険しい表情など一瞬たりとも見せることはなかった。
最終的には風音の膨れっ面に似てるからと頬の膨らんだ金魚にしとけと促されたが、なんだかんだで実弥なりに気に入った子を選んだ末の結論だったのだろう。
日々たくさんのお客の相手をしているにも関わらず、些細な自分と実弥の遣り取りを覚えてくれていたことが嬉しく、風音は優しい店主夫婦に頭をぺこりと下げた。
「ありがとうございます。私と実弥さんの大切な家族ですので、これからも大切に育てていきますね。すみません、長い時間引き止めてしまって……私はこれで失礼しますね」
変わらず笑顔を向けてくれている夫婦にもう一度頭を下げて、おはぎが売られている甘味処へと足を向けようと踵を返したところで、柔らかく優しい手が風音の手首を掴んだ。
何だろうかと後ろを振り返ると、店主の奥方がその手と同じ優しい笑顔で見つめ返してくれていた。
「待って。金魚を可愛がってくれているお嬢さんに貰って欲しいものがあるの。私たちに子供はいないし、私の年齢では着ることの出来ない洋服を人から頂いてね?お嬢さんにぜひ着て欲しいなって、どうかしら?」
「お洋服ですか?!い、いえ、そんな高価な物をいただくわけには……それに着方も分からないので私には勿体ないです!」
突然の申し出に慌てて後退りするも、手首は解放されず優しい笑みをたたえられたままずりずりと道を引きずられていく。
「着方は私が教えてあげる!ね?きっとお嬢さんに似合うと思うの!その実弥さんって坊ちゃんも喜んでくれるわ!さ、遠慮しないで」
見た目と裏腹に押しの強い奥方とそれを笑顔で見守る店主に連れられ、風音は二人の家へと半ば強制的に向かうこととなった。