第10章 犠牲と招集
そんな状態で引き摺られていると、少し向こうの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
妹は俺と一緒に戦える
鬼殺隊として人を守るために戦える
鬼となった妹を連れた剣士、竈門炭治郎の心からの叫びだった。
その言葉が実弥の逆鱗に触れたのだろう。
手首を掴む手は怒りから僅かに震えている。
「クソが……認めねェ。絶対に認めねェ!」
「実弥さん……」
掛ける言葉が思い浮かばなかった。
炭治郎の叫びも心からのものだったが、実弥の小さな叫びも間違いなく心からのものだったからだ。
「風音の気持ちはどうなっちまうんだよ……大好きだった父ちゃんの頸を断腸の思いで斬った風音の気持ちはどうなんだよ!」
(あぁ……私の気持ちなんて気にしなくていいのに。お父さんは……たくさんの命を奪っていたんだから)
こんなにも人の気持ちを大切にしてくれるのに、それを怒りとして表現してしまう。
自分の父親のことも胸を締め付けるが、それよりも隠れた実弥の底知れない優しさが風音の胸をより締め付け涙が瞳を覆った。
しかし優しい実弥の言葉は側にいる風音や隠の耳にしか入らず、柱の皆がいる場所に到着しても誰にも……届いていない。
柱たちがここに来るはずのない風音と、実弥が片手で運んで来た箱に気を取られていても実弥の怒りは留まることを知らず、風音の手首を解放した次の瞬間には日輪刀の柄を握り鞘から刀身を抜き出していた。
「鬼が鬼殺隊として戦えるなんてなァ……ありえねェんだよ、馬鹿がァ!」
「実弥さんっ、待っ……」
すぐ側にいた実弥を止めようと手を伸ばしたはずなのに、ふわりと浮遊感に見舞われたかと思うといつの間にか木箱に日輪刀を深く突き刺した実弥の姿は遠くにあった。
視界の端には金と赫の髪が映って口元は大きな手で優しく遮られ、風音を庇うように二人の間には銀の髪を結い上げた者が割って入っていた。
「風音、君にそのつもりがなくても鬼を庇うような言動をしてしまえば隊律違反になってしまう。柱の言動を諌めるのは柱の仕事だからな。それを君に取られては俺たちの立つ瀬がなくなるぞ?」
「そういうこった。嬢ちゃんはそこで待っててくれ……ってなんか派手なことになってんなぁ」