第9章 糸と朧
怒鳴り散らす声に剣士たちが肩をビクつかせる中、風音は顔を綻ばせて玄関の引き戸を開けて飛び出して行った。
「実弥さん!任務お疲れ様でした!あのね、皆さんが……ふぎゅ……」
「呑気だなァ!さっきの奴が人買って知らねェのはともかくだ!俺とアイツらがあと一歩ここに来んの遅れてたら、お前はどこぞの店に売り飛ばされてたんだぞ?!」
衝撃的な言葉に両頬を強く掴まれたまま目を見開く。
まさか自分が人買に遭遇するなど夢にも思っていなかったから驚きもひとしおである。
「すみません……優しそうな人だったから無下に出来ず……何のお店か分からないけど、実弥さんと離されるのは嫌です」
(そこかよ!嘆くのはそこじゃないだろ!)
暖かく二人の遣り取りを玄関から覗き見ている剣士たちが、風音がまた実弥にドヤされるのではとハラハラしていたのだが
「はァ……ならもっと用心してくれ。あ"ぁ"……泣くなァ。怒鳴って悪かった」
なんて普段の実弥では想像もつかないほどに優しい言葉をかけるものだから、全員目を点にしたあと生暖かい視線を向けたくなるのは仕方がないだろう。
しかも風音が子が親に甘えるように腕を伸ばし実弥を求めると、殊更優しい表情で抱き寄せてやっているのだから更に視線は生暖かくなる。
「……ぉい、いい見せもんになってんじゃねぇかァ。ったく、飯食わせてもらうんだろ?手紙に書いてたろ?」
「うん、実弥さんと皆さんと一緒に食べる」
寝食を共にする者がこうも愛情表現を大っぴらげにする者だと、それにつられる人間もいるようで……実弥もその1人なのだろう。
笑顔に戻った風音の手を取り少し顔を赤くしながら、暖かく見守っていた剣士たちを引き連れて玄関の中へ入って行った。
まずは皆、任務で着いた汚れを風呂で落とし、少し部屋で休んでから楽しい……昼餉の時間をとることとなる。