第9章 糸と朧
「常中使えんのに接吻の時の息の仕方は覚えらんねぇのな」
「常中とこれは別問題だよ……ね、実弥さん。私、実弥さんと口付けするの大好き。言葉がなくても大好きだよって言ってもらえてるみたい。息さえ続けばなぁ……」
呑気に困り顔をして小さく息をつく風音に笑顔を向け、寝起きで乱れたままの髪を撫でて起き上がった。
「そのうち勝手に出来るようなってんだろ。風音、お前はここで待ってろ。腹減ってんなら粥作ってきてやる、いいかァ?動くんじゃねぇぞ。怪我完治してねぇんだからなァ」
任務や稽古や鍛錬時以外、実弥は基本的に穏やかで優しい。
だが……何となくいつもの優しさと少し違うように感じた。
何が……とはっきり明言出来ないが、何が実弥をそうたらしめているのかは分かるので、風音は立ち上がろうとした実弥の手を握った。
「私は大丈夫だよ。崩れないし生き続けるから。いっつも怪我いっぱいするけど、絶対に実弥さんより先に逝かない。だから……そんなグズグズに甘やかさなくて大丈夫。お粥も自分で……」
いつもの実弥に戻って欲しくて手を強く握り締め言葉を紡いでいると、その手を引き寄せられ、あっという間に実弥の胸の中へと逆戻りした。
「肋三本、全身打撲、数え切れねぇくらいについた裂傷、擦過傷。腕には何針も縫わなきゃなんねぇ切り傷、多大な精神面への負担。俺は心底後悔した。女にこんだけ傷作らせんなら俺がケリつけてやりゃあよかったってなァ。柱の誰も……胡蝶ですら俺を責めやしねェ。そんならせめてお前の傷が治るまで……甘やかしてやりてぇって思うだろうが」
「……多大なご心配をおかけしてしまって……返す言葉もございません。でももう本当に大丈夫。私が望んで最後までやらせてもらったんだから、実弥さんが心を痛める必要なんてないんだよ。実弥さんは……」
グゥ……
真面目な話をしているのに風音の腹の虫はそんなことお構い無しだ。
空気を全く読んでくれない腹の虫に溜め息を零し、風音はゆっくり立ち上がって実弥の手を引っ張る。
「一緒に作ってください!私が寝ていた三日の間にあったこと、沢山聞かせてほしい!」
「んっ……フフッ。あぁ、分かった。分かったが無理すんじゃねぇぞ?」
笑いを堪える実弥の手を引き、共に粥を作り共に食しながら三日分の会話を存分に楽しんだ。