第9章 糸と朧
まさか三日間眠り続けた怪我人に起きて数分後に浴衣をひん剥かれるなど思いもしなかった実弥は、その行動にいつもなら叱りつけるか念仏を唱えていたところだ。
しかし父親が鬼になっても尚肌身離さず持っていた写真を手に、涙を浮かべながらも笑をたたえているので、そのどちらもする気すら起きなかった。
(流石に悶々とはしねぇけど……やべぇ可愛い。ガキみてぇ、恥ずかしげもなく男の浴衣はだけさせて、そこで和んじまうとか。……このまま寝ちまったらガキと言うより赤ん坊だが)
そんなことを考えながら風音を見ていると本当にウトウトしだした。
三日間寝続けたとは言え、酷い怪我に加え眠くなるという副作用がある能力を惜しげもなく使ったのだ。
まだ疲れが残っていてもおかしくはないので、はるか昔に下の兄妹たちにしてやったように背中に等間隔の軽い刺激をポンポンと与えてやる。
「実弥さん……それすごく心地いい。寝ちゃいそう」
「ハハッ、なら寝ちまえ」
その言葉に甘えますと言わんばかりに瞼が徐々に下がっていたのに、突如として幼子のような少女の腹の虫が盛大に大合唱を始めてしまった。
「眠いのにお腹空くとか……欲望にどこまでも貪欲な自分の体が恨めしい。実弥さん、ちょっとお腹の虫にご飯を……笑ってる?」
先ほどまでは背中に心地よい振動が与えられていたが、今は実弥の体の方から小刻みな振動が伝わってくる……
真偽を確かめるために胸元からヒョコと顔を出して実弥の顔を見上げると、横を向いて口元を腕で抑え顔を真っ赤にして笑いを堪えていた。
「悪ィっ……フッ、ハハッ!まじでガキみてぇ」
「ガキって……やっぱり実弥さんは私のこと子供扱いしてる。でも実弥さんが笑ってくれるなら、それでもいいかな」
のそのそと笑い続けている実弥の顔に近付き、ふわふわ揺れる髪を撫でて腕の間から覗いている頬に口付けを落とした。
すると実弥の笑いが瞬時に止まり、唇を頬から離した風音と目が合うと柔らかな頬を両手で包み込んで自分の方へと誘う。
それに一切の抵抗を示さない風音と唇が重なり合ったのはすぐだった。
しばらく何も考えず柔らかな感触を楽しんでいたが、口付けの時の息の仕方を未だに覚えていない風音の肺の中の酸素不足が深刻となり、水の中から空気を求めるように顔をバッと上げて口付けは終わりを迎えた。