第9章 糸と朧
実弥は風音の脇に手を差し入れ出来る限り驚かさないようゆっくりと立ち上がって腕を上に上げた。
いつもは自分より頭一個分小さな風音は実弥に抱え上げられたことにより自分を上から驚き目を見開いて見つめている。
「泣いても悔やんでも構わねぇ。もうこんな思いは懲り懲りだってんなら鬼殺隊を抜けても構わねぇ。だがこのまま崩れんな、生き続けてくれ」
悲しげに笑いながら風音へと語りかけてくる実弥の声は底抜けに優しく、それがまた驚き止まっていた風音の涙を流させる要因となった。
「悲しいし後悔ばっかりです。でも……鬼殺隊はやめない……実弥さんがいてくれたら……崩れないし生きていけるから……だから、実弥さんに触れさせて。お願い」
そろそろと腕を伸ばしてくる風音にふわりと微笑み、肩口に頭を乗せさせて抱きしめてやる。
「相変わらず鬼殺隊抜ける気はねェんだなァ。ほら、近くの藤の花の家紋の家まで運んでやるから少し休んでろ。起きてから幾らでも話聞いてやっから、いいな?」
「眠くない。実弥さんにもっともっと触れていたい」
一尺弱床から足が離れている風音は実弥にギュッとしがみついたまま首元に顔をうずめた。
その体や首元に擦り寄せている顔からはいつもより高い体温が伝わってきており、眠くないと言いつつ眠いのだと嫌でも分かる。
「そうかィ。ならもう暫くこのままいるかァ。泣き止むまでこうしててやる」
「うん……うん。実弥さんはどうしてこんなに……優しいんだろ。甘やかされ過ぎてグズグズにワガママなっちゃいそう」
あんなにも怒鳴られた癖にそれは風音にとって別問題なようで、擦り寄り甘える様は恐怖を実弥に対して抱いていないからこそ出来るものだろう。
「安心しろ、グズグズな我儘になりゃあ根性叩き直してやる。でもまァ、お前に物強請られたり叶えようのない我儘言われてみてぇな。言ってみろよ」
「うーん……あ、一つだけ……ずっと実弥さんの側に……居させてほしい。ずっと……」
風音にとっての最大のワガママを告げた後、多くの血を流し父の頸を落とした少女は心身の疲れが限界に達し意識を手放した。
「……寝たか?はァ、そんなの我儘に入んねぇだろ。俺を喜ばせてどうすんだ」
少し実弥が頬を赤く染めたことを風音は知る由もない。