第9章 糸と朧
「そうか…… 風音、どうか幸せに。風柱様……どうかこの子を……俺たちの愛する娘を……どうか幸せに……」
いつから記憶が戻っていたのか……もしかすると風音を目にした瞬間に記憶を戻していたのかもしれない。
何度も鬼と人間との境を行き来し、死を目前に完全に人間の時の記憶を戻した鬼を抱く風音を背後から抱きすくめた。
「言われるまでもねェ。せいぜい俺の隣りで笑う風音を指をくわえて見とけよ、柊木功介」
「ハハッ……そうだね……いつまでも、君たちの幸せを祈っている…… 風音が今度こそ家族という絆の糸を……断ち切られない未来を……」
バサリと今まで幾度となく聞いてきた音が二人の耳に響いてきた。
身に纏う者が塵となり流され、地面に衣服が崩れ落ちる音。
「最後の糸……私が切っちゃった。家族の絆の糸……私が」
消えてしまったのに風音は父親を抱いたままの姿で固まり、項垂れ床へと涙を落とし続けている。
そんな風音を実弥は自分の方へと向かせ背に腕を回した。
「そうじゃねぇだろ。何でお前が切ったことになってんだよ」
「うぅ……っ、だって私が頸を斬ったんだよ!きっと初めから私の声はお父さんに届いてた!ずっと私を狙ってきてたのも躊躇わせないため、実弥さんを傷付けたのも……私がもたもたしてたからなんだ!私がもっとちゃんとしてたら、実弥さんに傷を負わせることはなかったしお父さんも実弥さんを攻撃しなかった!誰も無駄に傷付くことはなかったんだよ!」
悲痛な叫びは実弥の胸を深く抉る。
殺意のない攻撃だからと避けることをしなかったのだが、こんなかすり傷一つで気が狂いそうなほど風音が胸を痛めるのならば避けていればよかったと後悔がうまれた。
「悪ィ……お前がここまで思い詰めるとは思ってなかった。俺の傷は俺が大したことねぇって判断したから付いたもんだ」
胸の中で首を左右に振り、それでも自分が悪いのだと言うように身を縮こませながら震え、涙も一向に止まる気配はない。
ついさっき風音を任された実弥としては早く笑顔に戻してやりたいのに、頑固にも自分を責め続ける風音に思わず苦笑いが零れた。