第9章 糸と朧
必死に叫んでも聞こえているのか聞こえていないのか……ただ無表情で刀を振るってくる父親の様子からは分からない。
お館様に教えていただいた話によると、うわ言のように風音の名前を呼び続けていたらしいが今はただ無表情で無言である。
「もう届いてない……」
泣いてはダメだと自分を戒めても、以前は届いた自分の声すら父親の心に響かない現状に勝手に風音の瞳から涙がボロボロと零れ落ちてくる。
それでもどうにか日輪刀の柄を握り締め、実弥のみが戦闘をしている未来を見てはその動きを真似て攻撃を防ぐ。
「風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹」
足を踏み締め上から下へと斬撃を繰り出し一度距離を……と考えていたが、それを見越したように下弦の弐から実弥が危惧していたもので迎え撃たれた。
「風の呼吸 陸ノ型 黒風烟嵐」
下から上へと振り上げられた刀は実弥が出すような風ではなく、禍々しい黒い霧のようなものを巻き上げる。
上からの攻撃の方が体重を乗せられて優勢になるはずだったのに、風音の体は軽々と吹き飛ばされ朽ちかけた壁へと激突し、そこを突き破って向こうの部屋へと強制的に退場させられた。
「ぅ……あ、痛……肋何本か……?!風の呼吸 肆ノ型 昇上砂塵嵐!」
痛みに顔を歪めている暇もない。
向こうの部屋に実弥がいるにも関わらず、鬼は執拗に風音へと攻撃を放っては命を奪おうとしてくる。
「風音、俺の援護は必要か?」
風音を庇うように前に立ち塞がる実弥の背を数秒見つめた後、足を動かし実弥の前へと歩み出た。
「必要ありません。まだ戦えます!……もう少し見ていて下さい」
実弥から見ても風音には余裕があるように映るが、先ほどの風音の言葉が実弥の胸の中に焦りをもたらす。
(肋いってる上に呼吸の技使ってくんだぞ……何か策でもあんのか?このままだと持ってあと数分ってとこだ)
目の前で格上である下弦の鬼を相手取る風音の動きは明らかに先ほどまでより鈍くなり、技を放ち放たれては生傷をいくつも作り鮮血が傷口から滴り落ちる。
そんな中でどうにか相手を弾き飛ばして距離を取り、鬼が起き上がるまでの数秒間で考えを頭の中で巡らせた。