第9章 糸と朧
楓や爽籟には既に情報が行き渡っていたようで、最短の道順で先導してくれた。
鬼が潜んでいるので当たり前と言えば当たり前だが、近隣の村にすら人の姿は見当たらず物悲しく不気味な雰囲気が漂っている。
「この先の家にお父さんが……私たちがいないって知ってたはずなのに帰ってたんだね。本当なら……」
家族三人で生活していたのかもしれない。
お父さんもお母さんも苦しむことなく、幸せに仲良く暮らしていたのかもしれない。
だがそんな言葉を紡いだとて時は戻らないし現実は変わらない。
実弥が励ますように背をポンと叩いてくれたのを機に、二人の娘ではなく鬼殺隊の剣士として気持ちを切り替え顔を前へと向けた。
「もう大丈夫です。ここからなら道は分かるので私が先導します。実弥さんは私の後を着いてきてください。捜索、討伐共に私に先陣を切らせていただけると嬉しく思います」
「あぁ、分かった。お前の好きに動いてみろ。ギリギリまで手は出さねぇでいてやる」
後ろで髪を団子にまとめた頭をクシャりと撫で実弥が軽く背を押してやると、僅かに笑みを浮かべて走り出した。
出会った頃から実弥が思っていたことであるが、やはり風音の脚は速い。
実弥も柱の中では天元に劣るものの相当な速さを誇る。
その実弥までとはいかないが鍛錬を続ければ肩を並べるくらいにまで成長するのではと思えるほどの速さである。
(父親の血継いでんのかねェ。かつては風の呼吸の遣い手の鬼殺隊剣士……今は下弦の弐まで上り詰めた鬼。どんな技使ってくる?風の呼吸なら分が悪ィな。アイツとは年季が違う)
きっと風音自身もそれは分かっているはずだ。
まだ下弦の弐がどのような技を遣うのか全容は見えていない。
以前に遭遇した時は風の呼吸に似た血鬼術を使っていたように見えたが、それだけが攻撃手段とは限らない。
もし今でも風の呼吸の技を使えるならば、剣士になってさほど期間の経っていない風音の方が劣勢である。
「実弥さん、あの家です!あそこが……私が生まれて育った家です。今や廃墟と化していますが、それなりの広さがあったと思うのでご案内させていただきます」
「分かった、俺はお前の後ろにいるから思うようにやってみろ。絶対今日でケリ付けんぞ」
「はい!」
生家は目の前……鬼となった父親も目の前である。