第9章 糸と朧
連れてこられたのは現在二人が寝室として使っている部屋。
毎晩共に眠るのなら私室以外に部屋を設けた方がいいのでは……と二人が話し合った結果設けられた部屋だ。
そこで風音はストンと思いの外優しく下ろされ、目の前にはしゃがみ込みねめつけてくる実弥の顔。
否が応でも実弥の怒りに満ちた顔は風音に威圧感をもたらした。
「あの、実弥さん。あれは柱と剣士との本来の在り方を……」
「それくらい俺も宇髄も分かってんだよ。宇髄は笑い堪えてたくらいだからなァ。だがなんか気に食わねぇ。普通に願えばいいし……俺か宇髄の二択ならすぐに俺を選べよ」
ねめつけてきているのに言っている言葉が少し可愛らしく思え、笑顔を見せてはいけないと思っていても、気を緩めれば頬が綻びそうになる。
血管を首元にまで侵食させた実弥の両頬を手のひらで包み、鋭い視線を全く気にせず額をコツンと合わせた。
「ごめんね。私の力不足で柱である実弥さんと天元さんの手を煩わさなきゃいけないんだって思うと、あれが正解だと思ったの。願う側の私が実弥さんか天元さんかなんて選べなくて……傷付けてごめんなさい」
返答によっては勢いに任せて怒鳴り散らそうかと考えていたが、額や頬に広がる温かさ、風音の穏やかな声音が実弥の怒りを急降下させてしまう。
しかも心做しか風音の頬が何かを堪えるように小さく動いているように映り、実弥の怒りの気は完全に忘れ削がれた。
「何笑ってんだよ、クソッ」
「ううん、天元さんが言ってた言葉を思い出しただけ。独占欲出してくれてたのがちょっと嬉しいなって思って」
年下の……ましてや自分の継子になに振り回されているんだ……と思っても、選ばれなかった時の感情などなかったことには出来ない。
実弥は深呼吸して頬を包み込んでいる手に自分の手を重ね合わせた。
「悪ぃかよ。はァ、準備してそろそろ行くぞ。せっかく宇髄が情報仕入れてくれたんだ、無駄に出来ねぇだろ」
「悪くないよ。よし……じゃあまずは着替えなきゃね!師範、後援よろしくお願いいたします」
ほんの少しいざこざがあったものの、ようやく見つかった風音の父親の元へ向かうため、二人は早々に準備を済ませ屋敷を後にした。