第9章 糸と朧
しかしその手刀も天元の体に当たることはなく空を切り、実弥の苛立ちが増されるだけとなってしまった。
「テメェ女房三人もいるくせに俺の女に手ぇ出してんじゃねェよ!ヘラヘラ笑いやがって……後で覚えてやがれ!」
「おっかねぇなぁ!可愛いもんとか癒されるもんは皆で分け合うべきだろ?今から派手に気が重くなる話するんだ、幸せそうな嬢ちゃんの顔見るくらいいいだろ」
気が重くなる話……わざわざここに来て話すことなど一つしか思い当たらない。
天元の言葉、強ばった実弥の体が風音を一気に現実へと引き戻し、実弥と同じく体を強ばらせた。
「風音、隣りに座れ。宇髄が何でここに来たか……お前も分かったんだろ?気ィしっかり持て、目ェ逸らすなァ」
「はい……私が鬼殺隊に身を置く理由の一つですから……天元さん、持ってきていただいたお話しは私のお父さんの事ですよね?消息が……掴めたのでしょうか?」
先ほどまでこれでもかというくらいに風音を甘やかせてやっていたのに、今の実弥は鬼殺隊の柱として、師範として風音と向き合っている。
そしてそれを甘んじて受けた風音の表情は強ばっているものの、出会った頃のような弱々しさは感じ取れなかった。
驚くほどに自分に厳しい二人に小さく息をつき、天元は重い口を開いた。
「掴めた。何で今まで思い付かなかったって思うくらい、見つけやすい場所にいた。嬢ちゃん、生まれてから数年間住んでた家の場所覚えてるか?」
あぁ……と風音の中で天元の言葉に納得がいった。
見つけやすい場所、何で思いつかなかったのかと思う場所…… 風音の生家のことだ。
「いいえ。生まれた家を離れた時はまだ幼かったので場所は覚えていなくて……お父さんが……下弦の弐が潜んでいるのは、私の生家だったんですね?」
「そうだ。お館様に確認取ったから間違いねぇ。どうする?今の嬢ちゃんだと一人では行かせてやれない。俺か不死川が同行することが最低限、嬢ちゃんが鬼狩りに向かう条件だ。他の奴らは任務にでてるからな、行かねぇなら俺か不死川が頸を斬る。どうする?」
そんな事、聞かなくても天元は返ってくる言葉が何かなど分かりきっている。