第9章 糸と朧
(……これ、自分で自分の首締めてんじゃねェか……声聞きてぇのに聞いちまったら抑えきかなくなっちまう。……念仏唱えながら痕つけんのも色気ねぇし)
色気を取るか自制心を取るか。
しばらく風音の首元に顔をうずめながら考えた結果……色気を犠牲にすることにした。
「やっぱまだお前には手ェ出せねぇ」
目をキュッと瞑り漏れ出そうになる声を必死に抑えている風音を壊れ物を扱うかのように抱き寄せ、それ以上言葉を発することをせずに首元に唇を当てがった。
「んっ、……待って。も、恥ずかしい……から!」
恥ずかしさから抜け出したいはずなのに、意思とは関係なく実弥の頭をふわりと抱え込み、まるで離れないでと伝えるように抱きすくめている。
(南無……って相変わらず煽ってきやがんなァ!どうなってんだよ……身、委ねちまおうか)
念仏も虚しく自制心が限界を迎えたところで実弥は何かの気配を敏感に感じとり、未だに頭をふわりと抱え込んでいる風音を胸元に隠すようにして起き上がった。
「マジで来やがった…… 風音、続きはまた今度だ。しばらくここに隠れてろ」
ふわふわと身も心も揺れている風音には実弥の言葉は朧気にしか聞こえておらず、手をゆっくりと下におろすしか反応を示さなかった。
その様子に小さく吹き出し……庭を見る頃にはその笑顔は消え去っていた。
「今日は一人かよ。煉獄はどうしたァ?宇髄」
「いやぁ、いっつもいい所邪魔して悪いねぇ!煉獄は残念ながら任務で遠くに行っちまってんだ。お、嬢ちゃん、縮こまってんの可愛いなぁ!顔なんて夢現だ」
実弥の胸元しか見えていなかった。
それがいつの間にか大きな手に掬いあげられ、男が見ても見蕩れるのではと思うほどに整った天元の顔が瞳一杯に映し出されている。
まだ夢の中をさ迷っているような風音では顔を隠すどころか、何が起こったのかすら考えられずされるがままとなっている。
そしてそれを良しとしないのが実弥だ。
無駄に早い脚を無駄に動かし、事もあろうかわざわざ胸の中に隠していた風音を強制的に引っ張り出した天元へ、怒りの籠った手刀を繰り出した。