第8章 力と忌み血
稽古や鍛錬、任務で叱られ怒鳴りつけられることは多々あるが、実弥に願われることはあまりない。
しかも切実なものとなるとそれこそ珍しく、風音が慌てて首元から顔を離し実弥の顔を覗き込むと、瞼を閉じて近くでも聞き取れないほど小さな声で何かを呟いていた。
「大丈夫?痛かった?」
声に反応して瞼を開けると、やりすぎて痛みを与えてしまったのではと不安そうに眉を下げる風音の顔があった。
(念仏唱えてたんだよ!クソ、人の気も知らねェで……)
なんて質問が返ってくるような言葉を言えるはずもなく、小さく息を零して顔を見られないように風音の頭に手を添え胸元に押し付ける。
「痛くねェ……こっちは色々あんだ、何回か言ってるがあんま煽ってくれんなァ。はァ……このままで聞いてくれ、任務前に話っつってたこと」
「?うん、分かった」
コクリと胸元で頭が上下に動いたことを確認すると、柱の中でも数人にしか話していないことを言葉にした。
生き残った弟に穏やかで幸せな人生を歩んで欲しいと願っていたのに、その弟が鬼殺隊に入隊してしまったこと。
本人と顔を合わせることがあっても殴り付けてでも除隊させたいと思っていること。
鬼殺隊に入隊する前から柱になるまで共に研鑽した匡近という兄弟子がいたが、共に任務についた時に下弦の壱から幼い少女を庇って殺されてしまったこと。
しのぶの優しく穏やかな実の姉が柱として在籍していて慕っていたのに、上弦の弐に無情にも命を奪われてしまったこと。
掻い摘んで話してもそれなりに時間を要したが、風音は実弥をおもんぱかって顔を上げずじっと静かに耳を傾けていた。
時折鼻をすする音が聞こえてきたので涙を流していたのかもしれない。
「……俺の過去はこんなもんだァ。優しい奴ほど先に鬼に殺されちまう。だから俺は優しい奴の命を奪う鬼が心底憎いし、大切に想う奴ほど鬼殺隊とは無縁でいてほしいって思ってんだ」
風音にとっても鬼は憎むべき対象であることは同じだ。
それは父親であっても痛みを蔓延させる鬼は許せないし、頸を斬らなくてはならないと思っている。