第8章 力と忌み血
激しい風が体の上を通り過ぎたかと思うと、ふわりと優しく体が浮遊感に見舞われた。
目の前には見慣れたはだけた隊服があり、抱えてくれている腕は鬼の思い遣りの欠けらも無いものとは全く異なる暖かいものだった。
「無事だな?お前は止血して俺の後ろにいろ。下弦の鬼の頸なんざすぐにねじ切ってやるからよォ」
声に暖かさに……全てが風音の目の奥を刺激して涙が溢れてきそうになった。
「無事です!朦朧としてましたが、どうにか持ち直したので私も戦います!簡易な縫合のみ済ませるので、その間だけお待ちください」
しかし泣いている場合ではない。
鬼は実弥が放った技で深手を負って血を床に撒き散らしていたが、今は姿が見えず所在が分からない状態だ。
猫の手程度だとしても力になりたいし、実弥や小芭内、蜜璃に鍛えてもらい精度の上がった能力を活かすなら今である。
「……分かった。だが無理だと感じたら下がれ、あんな塵屑にこれ以上傷付けられる必要ねぇからなァ」
「はい。すぐに……師範!鬼が伊黒さんと遭遇します!」
言っていた言葉を聞いていたのか……
風音は傷の手当てすら行わず小芭内がいる方へと駆け出してしまった。
実弥はそんな風音を易々と追い越し前に出ると、前方で小芭内に攻撃を仕掛けている鬼の頸目掛けて刃を振るった。
しかし鬼は再び姿を消してしまい実弥の刃は空を切る。
「面倒くせぇ血鬼術だなァ。風音、俺の指示に従え。従えねぇならこの場から放り出すぞ」
任務地において柱の指示は絶対だ。
それに反する行動は鬼を退治する際に障害となり得ることがあるので、従わないのなら放り出されても文句は言えない。
「申し訳ございません」
今は上官である実弥に叱責され落ち込むかと思えば、風音は全く落ち込むことなく迅速に簡易な縫合を施し包帯を巻きつけた。
こんな場であるが何とも不思議と心温まる遣り取りに小芭内がひっそりと笑みを零した。
「風音、先見えてんなら俺と伊黒の攻撃の合間を縫って少しでも傷負わせろ。1太刀すら届かなけりゃ明日から稽古は倍だ」
後ろに下がれと言っても聞きやしない顔をしている風音への実弥からの厳しい課題。
ここ数ヶ月で三人の柱に稽古をつけてもらったのだから、厳しいと言えど当たり前の課題かもしれない。