第8章 力と忌み血
実弥と小芭内が怒りで全身を染め上げた頃、風音はお世辞にも衛生的だと言えない部屋の中で日輪刀を片手に立ち尽くしていた。
「ここは……例の廃墟?師範!伊黒さん!どこですか!……近くにいない。私だけ連れ去られた?」
二人の速度に及ばぬものの風音も妙な気配を感じ取り日輪刀を抜き刃を振るっていた。
二人までとはいかないが刃の先にはやはり血が付着している。
「風音サン!私ノ先ヲ見テクダサイ!鬼ガ……」
「楓ちゃん!こっち来て!」
近くに来た楓を胸に抱き寄せ、鈍く光った閃光を受け止める。
何者からの攻撃かなど考えなくとも任務に訪れた先で攻撃をしてくる者など一つしか考えられない。
「どうして私を先に狙わないの?この子は戦う術を持たないって分かってるよね?師範の言葉を借りると……胸糞悪い!師範と伊黒さんたちはどこ?!」
「どうしてって分からないのか?子を成すのに必要ないモノだからだ。男共もいらねぇ、子を成せないからなぁ」
ふざけている様子は感じ取れない。
本気で鬼である目の前のモノが子を望んでいる。
鬼に子を成すことが出来るのか風音にも分からないが、鬼との子を成すなど御免こうむる。
「私はあんたの子供を産むつもりない。今まで攫った女の人たちはどこ?まさか子供を……」
「全員同じことを言いやがる!俺の子を産まない、産むくらいなら死んでやるってなぁ!で、黙らせようと首を絞めたら死んじまう。だから喰ってやった。思い通りにならねぇ女の死体なんて必要ねぇからなぁ!あぁ……確か一人まだ生きてたか?さっき攫ってきた奴が」
生きたいとささやかで当たり前の願いすら踏み躙られていた。
鬼殺隊として人を救いたいとここに赴いた女剣士も、平穏な日々を大切な人と過ごしていた女性や少女も皆、目の前の鬼によって不条理にも命を奪われてしまっていた。
それでも一人はまだ生きている。
その人を救い出し鬼を倒すことが出来れば、これ以上の不条理は食い止められる。
「あんたの欲を満たすために人は生きてるんじゃない!ここであんたを地獄に落とす」
「お前、鬼狩りだろ?同じような台詞言ってた奴らもいたが、全員俺に殺されてんだ。お前一人で地獄に落とせたらいいなぁ」
暗くよく見えなかった鬼の顔が突然灯った行灯の光で露わとなった。
その鬼の瞳には下壱と刻まれていた。