第8章 力と忌み血
「鏑丸君、ありがとう。フフッ、伊黒さんと鏑丸君のお陰様で何だか落ち着いたみたいです。伊黒さん、私はもう大丈夫なので皆さんとお待ちください。さぁ、鏑丸君も伊黒さんと……」
「幸せそうだな。不死川は優しくしてくれているのか?」
鏑丸を返そうと小芭内へと腕を向けた風音へと向けられた質問。
いきなりのことにキョトンとなったが、答えなど聞かなくても分かるほどに顔が笑みで満たされた。
「はい、幸せです。涙が出そうになるくらいに優しいです。私がワガママ言っても優しくて、もう言えないくらいに」
「そうか。君が幸せならそれでいい。では俺は向こうで待たせてもらう、鏑丸行くぞ」
柔らかく細められた小芭内の瞳に癒され頷くと、鏑丸は名残惜しげに風音の首元をクルリと一周まわってから小芭内の首元へと身を滑らせた。
「不死川、柊木は我儘を言うことがあるのか?」
あれから天元と杏寿郎と一応楽しく穏やかな時間を過ごし、現在は任務地がある人里離れた山の中だ。
風音は楓と爽籟をそれぞれ両肩に、小芭内の鎹鴉である夕庵を頭の上に乗せて楽しげに会話をしながら二人より少し前を歩いている。
任務前だと言うのに和やかな雰囲気であるが、風音はもちろん実弥も小芭内も気を張り巡らせてはいるので叱りつける者はいない。
「何だァ?藪から棒に……まァいいけどよ。我儘なァ、たまに顔真っ赤にしながら風呂一緒に入りてェとか、金魚、カブトムシ一緒に見ようとか……は我儘に入んのか?そういや物強請られたこともねェな」
どうやら風音と実弥では我儘の認識に違いがあるようだ。
実弥からすれば風音にとって我儘に当たる願いは願いなだけであって、我儘とは分類されていないらしい。
「風呂……いや、我儘言ってもお前が優しくしてくれると柊木が言っていたんだ。お前が受け入れる我儘とはどこまでか知りたかったのだが、どうやら我儘をあまり言わない女子のようだな」
普段を思い返しても特に腹の立つような我儘は思い浮かばない。
一度口を開けば楽しそうに永遠と話し続けるが、それ以外はひっそり薬を作ったり風音に買い与えてみた本を実弥の側で読んでいるだけで静かなものだ。