第8章 力と忌み血
約束通り大人しく風呂場へ運ばれた風音は現在、隊服を身に纏ったまま実弥に髪を洗ってもらっている。
頑固だった液体も湯で流すとすんなりと流れ落ち、どうにか無事だった羽織を風音は髪を洗ってもらっている傍らで一生懸命洗い汚れを落としていた。
「動くなァ、髪もつれてんだぞ。大人しくしてろ」
「ごめんなさい。でも羽織の汚れ落とさないと。実弥さんの手をこれ以上煩わせるの悪いし、毛先ならもう切っちゃおうかなって思ってるんだけど」
髪を伝い頭にくる振動から実弥が苦戦しているのは毛先なのだと何となく分かっていた。
風音からすれば一つに纏められるのであれば長さなどさほど気にしないし、何より何十分も格闘し続けてくれている実弥に申し訳ない気持ちばかり募ってしまう。
しかし実弥の手は止まらず、黙りこくったまま絡まっている髪をほぐし続けてくれており、風音は心の中で首を傾げた。
(髪長い方が好きなのかな?……何か聞くに聞けない。踏み込んじゃいけない気がする)
胸にチクリとした痛みを感じながら、風音は止まっていた手を動かして羽織の汚れ落としに専念することにしたのだが……
「取れたぞ。せっかく綺麗な髪、簡単に切ろうとすんじゃねェよ。俺は後で構わねェから先に体あっためてこい。知恵熱だったとは言え病み上がりなんだからよ」
「あ……え、えっと!実弥さん待って!」
なぜ止めてしまったのか分からなかった。
ただ何となく今実弥から離れてはいけない気がして呼び止めてしまった。
「何だァ?」
いつもなら
『もたもたしてねぇでさっさと風呂入れ!』
とか何とか……取り敢えず大なり小なり叱りつけられていたはずなのに、今の実弥はやけに静かで物悲しさを感じた。
「何って聞かれてしまうと特にあれなのだけど……い、一緒にお風呂入りませんか?……一緒に入りたいなって。実弥さんもたくさん濡れちゃったし……ダメなら無理にとは……言わないけれど」
小さくなる声は部屋ならば聞こえていなかったかもしれないが、音の響く風呂場ではやけに実弥に明瞭に聞こえた。
(何だァ?!……冗談で言ってる雰囲気でもねェし、からかっていいトコじゃねェよなァ)
「外出ててやるから体だけ先に洗っとけ。洗い終わったら声掛けろ、手拭い渡してやっから」