第8章 力と忌み血
剣士の動きが止まった。
心做しか震えているように見えるのは風音の気の所為ではないはずだ。
「どうかしましたか?爽籟君は優しいので大丈夫ですよ?」
風音の体のどこかに止まりたいのにダメと言われた爽籟は悲しげに目尻を……下げているように見える。
確かに鎹鴉だけを見れば恐怖することはない。
つまり剣士が恐怖し体を震わせているのは爽籟の相棒である実弥ということになる。
「もしかして……君の帰るって家、不死川さんの家?で……もしかしなくても君があの!不死川さんの!噂の柊木っていう継子?!」
「え?あ……はい。不死川さんの継子をさせてもらってます。噂になってるんですか?」
確かに柱の継子になるものは少ないと実弥から聞いた。
今現在、継子をとっているのは蟲柱であるしのぶと風音の師範、風柱である実弥だけだ。
だからと言って継子である自分の名前まで知れ渡るものなのかがよく分からなく、風音は首を傾げた。
「いやいやいや、あの不死川さんだぞ?怖くないの?」
「怖い……ですかね?確かにお稽古や鍛錬の時は厳しいですけど、普段は優しいですし。ほら、任務終わったよってお手紙くれますし」
「お手紙?!」
ピラリと左手で見せてくれた実弥からのお手紙なるものを見て青年に戦慄が走った。
「果たし状?!」
そんなはずはあるわけないと風音が手紙を覗き込むと、やはり想像通りの三文字が紙に大きく書かれていた。
「私が心配しないように今から帰るよって伝えてくれてるお手紙ですよ。果たし状なんてそんな物騒なものでは……あ、あれ?!行っちゃった。名前、まだ聞いてなかったのに」
手紙に恐怖を覚えた剣士は綺麗な黒髪をさらさらと靡かせて、今は遥か遠くを走っている。
…… 風音しょんぼり。
「実弥さん怖くないと思うけどなぁ。あ、爽籟君、楓ちゃん!実弥さんに私からのお手紙を届けてもらえるかな?実はもう準備してたの。……ここらへんは触らないように気を付けて、ネバネバついてるからね」
「俺ダケデ大丈夫ダ!楓ハ風音ノ護衛ニツイテイテクレ!」
「ハイ!風音サンハオ任セ下サイ!」
なんとも優しい鴉たちの計らいにより風音は一人で帰ることをしなくてすんだ。
あとは実弥がネバネバの手紙を受け取り……どう思うかである。