第8章 力と忌み血
そう言うと風音は実弥が持ってきてくれた鞄を引っ張り、中から筆入れと帳面を取り出した。
「いや、まだ熱あんだから寝とけ。字は今度でいい」
「でも今日任務あるでしょ?三文字だけ」
パラパラと捲る帳面にはビッシリ文字が書き込まれている。
薬草の効能や薬の調合に必要な薬草の種類などが書かれているのだろう。
「その帳面に書くのかァ?それ、お前の大切な帳面だろうよ」
「大切なものだけど、実弥さんが字書いてくれるなら問題ないの。えっと……」
風音が書いたのは本人が言った通り三文字。
かえる
だった。
「よし、これだけお手紙に書いてくれたら私も安心出来る!ちょっと難しい字だけど一緒に頑張ろ?」
「……ん、あぁ。頼む」
一頁毎に一文字ずつ。
右上に風音が一文字見本で書き、そこに書き順なども小さく書き込みそれを見ながら実弥がゆっくり書いていく。
「ここはね、こうやって……シュッて!」
「シュッ……?」
……言葉での説明は相変わらず分かりにくいが、手が迷った時に実弥の手をそっと握って誘導してくれたりするのは実弥にとっても分かりやすく、一頁終わる頃には風音までの達筆とまではいかないものの、手紙として記すには申し分ない出来になっていた。
「実弥さんは絵が上手だから文字の形成も早いね。私の技とは大違い……それはともかく、さっそく今日の任務が終わったらお手紙待ってます。えーっと、この筆入れと紙をどうぞ!私はまだ予備があるから」
自分が書いた頁をペラペラと嬉しそうに眺めていた実弥へ、風音からお手紙道具一式を差し出されのたので、思わず手を出して受け取った。
「予備あるっつっても……これ大切なモンじゃねェのかァ?使い込んでんのに綺麗だろ?」
「うん、大切な物だよ。お母さんの使ってた筆と筆入れだか……らっ?!」
話している途中で実弥からグイとお手紙道具一式が返却されてしまった。
……母親の形見のようなものなど受け取れないのだろう。
「勘弁してくれ。これはお前が使うべきもんだろォ……俺は適当にそこらの店で買うからいい」