第7章 初任務と霞柱
その実弥の姿は今まで見たことのない少年のようなもので、驚きよりも風音の中に愛しさが湧き出し、実弥の側に腰を下ろして肩に頭を預けた。
「カブトムシが好きだったんだね。ね、実弥さん、この子お家にお迎えしない?何かのご縁でここに飛び込んできたんだし、私も二時間一緒にいたから離れ離れになるの寂しいもん」
実弥が抱えている羽織の上で大人しくしているカブトムシをツンツンと指でつついてみても、やはりカブトムシは飛び立つことはせず僅かに足を動かすだけだ。
「…… 風音は虫苦手じゃねェのかァ?」
「全く!山の中に薬草取りに行くくらいだよ?それに例え苦手だったとしても、実弥さんが好きならお迎えしてたと思うな。実弥さんの笑顔が増えるから」
ふわりと微笑み泣き腫らした目を和らげる風音に微笑み返し、実弥は肩を抱き寄せて胸元へ誘った。
「お前、好きなもん何も買ってねェだろ。薬なり本なり何かあっただろうが。一人で泣くくらいなら小遣い全部使っちまって気晴らししてりゃあよかったんだ」
「本当だね。でも一人だと何を買っていいのか分からなかったし、実弥さんが命を懸けて人を助けたからこそいただけたお給金を使えなくて。それでね、実弥さんと私が好きなおはぎを二個ずつだけ買ったの。一緒に食べたいなって」
自分のことに関して一人で決められないことは心配になったが、自分なりに色々考え至った結果であるし、追々好きな物は買い与えてやればいいとの結論に達して近くにある額に口付けを落とす。
「そうかィ。なら一緒に食うか……その前に汗流してこい。休むにしてもこんだけ汗かいてたら気持ち悪ィだろ」
額に柔らかく温かな感覚が広がったことに無邪気に喜んでいた風音は、今の自分がどういう状態か思い出し実弥の胸元から飛び出し着替えを鞄から引っ張り出した。
「あ、汗だく!ごめんなさい!行ってきます!」
「いや、俺は別に構わねェけど……行っちまったァ。落ち着きねェなァ」
風音が飛び出して行った方向を見る実弥は呆れつつも、自分の好物を買い置いてくれた上に好きなカブトムシを迎えると言ってくれた少女が愛しいと。
誰かが見ていればそう思っていると伝わる優しく穏やかな表情をしていた。