第5章 試験と最終選別
山を下り始めると、楓は傷だらけの風音を気遣って空へと飛び立ち羽を動かしてくれた。
もちろん体も疲れているので歩く速度はいつもの倍以上遅くなっているが、それ以上に精神的な疲労が大きくなかなか思うように前に進まない。
それでもどうにか麓付近まで足を運び、あと少しで山から脱出できる所までやって来た。
「実弥さん……早く会いたい。怒られても何でもいいから声が聞きたい。任務も警備もあっただろうから……怪我してなかったらいいけど……」
俯きトボトボ歩いていると、突然体がひどく懐かしく感じる匂いと温かさで包み込まれた。
それが何なのか確認するまでもないというように温かさを求めて、目の前にあるはだけた隊服をキュッと握り締めて身を縮こませた。
「実弥さん……ただいま。今ね、ちょうど実弥さんに会いたい……声が聞きたいって言ってたところだったの」
「聞こえてたっつぅの……よく戻ったなァ」
小さな呟きも聞き逃さず見つけ出して抱き寄せてくれたようだ。
その優しさが嬉しくて胸元から顔を出して実弥を見上げると、何故か悲しげに眉をひそめられてしまった。
「なんて顔してやがんだ……全然笑えてねェじゃねぇか。最終選別で何かあったかァ?」
たくさんあり過ぎてどこから話したらいいのか風音にも判断ができない。
「えっと……頑張ってみたのだけど、受験者の人……何人も亡くなってて。あと初日に見るつもりなかったのに先を見てしまって……吐血してお腹を何針か縫いました。最終日は記憶が朧気で、気が付けば体中傷だらけで……あとは……先を見た女の子を助けられなかった。その子とね……お友達に……」
最終選別の時は泣きたくても泣けなかったのに、頭を撫でてくれる実弥の温かさや労わるような柔らかな視線が風音の枷を外し、とめどなく瞳から涙がポロポロと零れ出した。
「突っ込みどころ満載じゃねェか……とりあえず藤の花の家紋の家に行くぞ。話は後で聞いてやるから、まずは腹の傷を医者に診てもらえ。運んでやるから少し休んでろ」
吐血・縫う
ほどの損傷を受けた風音の身を案じ、実弥は返事を聞く前に風音を抱え上げ藤の花の家紋の家へと急ぐ。
その間中、風音は縮こまりながら嗚咽を堪えて静かに涙を流し続けていた。