第5章 試験と最終選別
今までここまで痛め付けられた亡骸など目にしたことがなかった。
首からは夥しい血が流れ、腹には鋭い爪か牙で穿たれた穴がいくつもあった。
瞳は虚ろに宙を見つめており、もう生きてはいないのだと嫌でも分かった。
「……実弥さんには到底及ばないけどさぁ、今日までたくさん鬼を目にして頸を斬ってきたんだよね。塵となって風に流れていく様が悲しくて胸が締め付けられたけど……あんたにはそんな思いしなくてすみそう」
血鬼術すら使えない鬼だからだろうか。
体の再生能力が遅く、太腿から斬り落とされた脚が完全に再生していない鬼ににじり寄りながら刀を自分の腕にあてがう。
「ねぇ、知ってる?私の血肉は鬼にとって毒なんだって。私は試したこと無かったから知らないんだけど……あんたくらいの鬼だったら私の血を顔に擦り付けただけで死んじゃうらしいよ?」
感情の一切感じられない無表情で歩み寄ってくる風音に恐怖しようとも、脚が再生していない鬼は震えながら腕のみを使って後退りしか出来ない。
「怖い?人をこんなにも痛め付けておいて怖いなんてないよね?頸を斬られて楽に死ねるなんて思わないで。せめて……あの子が味わった苦しみの一割でも……」
「止めてくれ!俺も生きるために人を喰わなきゃいけないんだ!それで……」
言葉を発している途中で鬼の視界が赤く染まった。
風音によって切り捨てられた口元から飛び散った自身の血の色だと気付いたのは、風音が刀を振って血を地面に落としている姿を見た後だった。
「もう話さないで。別に喰べなくても生きれるでしょ?鬼は人を喰いたいって衝動に駆られるから喰らうだけ……実弥さんがね、そう教えてくれたの」
後退りたいのに口元の痛みが激しく体が思うように動かない鬼の前にしゃがみ込み、刀を当てた腕を目の前に持っていく。
「どれくらい苦しむんだろうね?私の血を浴びた鬼は、どれくらい苦しんでどれくらいで事切れるんだろう?ねぇ……あんたの身を持って教えて……」
そう鬼に願い刀を軽く滑らせ血を滲ませた途端、鬼は風音の予想を遥かに超えて苦しみ悶え出してしまった。