第5章 試験と最終選別
明らかに顔色が悪く様子がおかしくなった風音を引き止めようと伸ばした少女の手は空を切った。
それもそのはずで風音は既に暗い山の中へと姿を消してしまっていたからだ。
少女の姿が見えなくなってから木の幹に体を預けて痛みの走った腹を確認すると、治りかけていた先日の傷の少し上付近に新たに傷が出来ていた。
しかも実弥の未来を見た時のものより深く、出血を止めなくては着物が汚れるどころの事態ではなくなってしまうくらいのものである。
「痛……ゲホッ……」
口元を押さえた手には生暖かい赤い液体が付着し、皮膚だけでなく内臓まで損傷を受けたのだと分かる。
「……とりあえず見える傷を。麻酔と……針と傷薬。化膿止め……サラシ……」
必要なものを口に出しながら鞄から緩慢な動きで取り出しては腹に塗り、縫っては薬を更に塗り、止血と傷口の保護の意味を込めてサラシをキツく腹に巻いていく。
「後は痛み止め……飲まないと。他の受験者の人たちの負担にだけは……なりたくない」
まさかこんなところで自分の作りおいていた薬が役に立つなど思っていなかったが、使えるものは何でも使って無理にでも動ける体へと処置を施していった。
「痛み止めが完全に効くまであと少し時間かかるけど、動けないことはないかな。……あれ、これって指の一本を落としたことと同じことになるの?一週間で……完治するような傷じゃないから隠せないし。どうしよう……」
不死川邸の門をくぐって例え傷を隠し通すことが出来たとしても、最終選別時の様子を聞かれて隠し通す自信がそもそも風音にない。
ただ選別後に実弥に放り出されてしまうのかを今心配したところでどうにもならないので、悲しい気持ちと不安な気持ちを胸に押し込めて立ち上がる。
「考えるのは後にしよう。うん……どうにか動けそう。上からもう一回サラシ巻いておけば大丈夫。血が出てるからさっきまでより鬼が逃げ惑いそうだけど、他の人を援護しなきゃ!」
まだ最終選別初日。
開始早々深手を負った風音は三日間傷から来る高熱にうなされながらも、鬼に狙われないならばと自ら山の中を奔走し受験者たちの援護に回った。