第5章 試験と最終選別
目の前にいた獲物に気を取られ自分たちに害を及ぼす血肉を持っている風音の存在に気付かなかった鬼たちは、突然頸を撫でた優しい風によって頭を地面に転がす。
何が起こったのか理解する暇さえ与えられず、不思議と痛みを感じない傷口から塵と化しやがて消えていった。
父親を見てからというものの鬼が消えゆく光景が胸を締付けるものとなってしまったが、その痛みにうずくまるわけにもいかないので、風音は心の中で鬼たちに冥福を祈り地面に伏せたままの受験者の側にしゃがみ込む。
「大丈夫でしたか?傷を見せてください。応急手当くらいなら私にも出来るから」
「え……あ、ありがとう」
突如として現れ風の呼吸の技で鬼を倒した日本人とはかけ離れた見た目の少女に驚きながら、受験者である少女は起き上がって傷口を見せる。
すると慣れているのか瞬く間に手当てが終了し、腕にあった傷は清潔な包帯によって見えなくなっていた。
「完了!念の為に化膿止めと新しい包帯を置いていくので、酷くなる前に交換して下さい。では私はこれで……」
パンパンな鞄から薬と包帯を取り出し手渡すと立ち上がり、そそくさとその場から去ろうとする風音の手を受験者が慌てて握って止めた。
「こんなの貰えない!貴女の分がなくなるでしょ?私のはいいから……ありがとう。気持ちだけもらっておくから」
「私の分は十分にあるから大丈夫。それになくなっても薬は自分で作れるんです。だからこれは貴女に。見知らぬ誰かのために戦おうとする優しい貴女が受け取って……」
死んで欲しくない。
差し出された薬と包帯を自分のために残しておいて欲しいと言ってくれた、目の前の少女に生きて欲しいと願っただけだった。
たったそれだけなのに風音の意思とは関係なく、少女が鬼に瀕死の重傷を負わされる未来が頭の中に流れ込んできてしまった。
流れてくる映像とは反対に喉を逆流する鉄臭い液体を必死に嚥下し、そっと少女の手を自分の手から離した。
「……ゲホッ、受け取っていて下さい。あと……今から三時間後、鬼にまた囲まれるから……北の方角には行かないで。絶対に行かないで」