第5章 試験と最終選別
「……あぁ。分かったからもう帰んぞ。お前が血ぃ流してっとさっきみてェな奇特な鬼以外、寄ってくるどころか姿すら現さねぇからなァ。明後日の最終選別に備えてお前は休め、明日は家ん中で好きなことしてろ」
涙を堪え見つめ続けてくる風音に僅かに微笑んで頬を撫でてやると、緊張が解れたのか目元が柔らかくなり温かな手に頬を擦り寄せた。
「はい。じゃあ実弥さんと一緒に寝て起きて、ご飯食べてお稽古します。お薬の予備はたくさんあるので、明日は実弥さんといっぱい一緒に時間を過ごしたい」
ぽふんと遠慮気味に実弥の胸元に体を預けると、生きている人の温かさが風音の全ての緊張を解かしてしまい、目からポロポロと涙が零れ落ちる。
それを肌で直に感じとった実弥は風音の体を抱き寄せ、髪に口付けを落とした。
「ねぇ、実弥さん。お父さんが人を襲ってるって確証を得て……言い表しようのない痛みに襲われました。あぁ、本当に人を襲って喰べてたんだって。さっきは少し記憶が戻ったみたいだったけど、次に会ったら……また私はただの餌って認識されるんだろうな」
小さな声は至近距離だからこそ聞こえるもので、少しでも離れてしまえば耳に届かない。
そんな声を洩らしてしまわないよう、実弥は風音の肩口に顔を寄せて耳をすませた。
「すごくそれは悲しいけど、私はすごく恵まれてるんです。実弥さんってお稽古の時は厳しくて汗で体が干からびちゃうんじゃって思うくらいなのに、こうして私が壊れてしまわないように私の言葉に耳を傾けてくれるの」
「褒めてんのか褒めてねェのかどっちだよ……」
褒めると言うより感謝を伝えたい風音は小さく笑いを零し、モゾモゾと実弥の胸元に顔を寄せてキュッと背中に回した手に力を入れる。
「ありがとうございます、実弥さん。私、最終選別から必ず帰ります。帰ったらおはぎを作るので……一緒に食べてください」
「……用意して待っててやるから無事に戻れ」
なんとも嬉しい実弥の言葉に風音は体を少し離し、屈んでくれていつもより近い場所にある実弥の頬に唇をそっと当てた。
暫く続けていると真っ赤になった実弥からお叱りを受けたものの、そのお叱りすら今の風音にとっては心を支える温かな遣り取りであった。