第5章 試験と最終選別
言葉の途中で実弥が何かの気配を感じ取り体を動かそうとした時、地面に蹲り涙を流していたはずの風音が弾かれたように起き上がり、実弥が向かおうとしていた場所へ何にも目もくれず走っていった。
「その精神状態で鬼の気配感じ取れれば上等だっての」
実弥が後を追って手助けするまでもなく、どこからともなく現れた新手の鬼の頸は様々な感情のこもった風音の刀で斬り落とされていた。
そして風音はその場にしゃがみ込んで、恨み言を吐き続けている鬼の頬に擦りむいていない方の手を優しく添える。
「貴方も自分の意思に関係なく鬼にされたの?脅されたりして無理矢理鬼にされてしまったんですか?……鬼にされたばかりにこんな辛く痛い思いを強制されて……生まれ変われたなら、どうか次の人生が幸せなものでありますように」
悲しみに顔を歪め頬に涙を流しながら紡がれた言葉は鬼に添えられている手と同じで優しく、鬼も暴言を吐くことすら忘れて風音をじっと見つめている。
「鬼になれば……病が治るって……こんなはずじゃ」
病が治る代償が人喰い鬼となることなど、誰も教えてくれない。
苦しさから逃れたくて……もっと生きて大切な人と過ごしたいと願ったのかもしれない悲しい鬼は、最後に一筋の涙を流して苦しい人生の幕を閉じた。
「人の弱みに付け込んで人を鬼にするなんて……最悪だ」
蹲ったまま自分の腕に顔を押し当て涙を拭うと風音は刀を鞘にしまい、静かに遣り取りを見守ってくれていた実弥に歩み寄って頭を下げた。
「力及ばず何も解決できなかったこと、申し訳ございませんでした。鬼は胸を締め付けるほどに悲しい過去を持っています。でも私は人を傷付け幸せを奪う鬼に情けをかけるつもりはありません」
「はァ……そうかよ。今日以上に凄惨でやりきれねェ思いもすることもあると思うが、剣士になることをやめねェってことでいいんだなァ?」
実弥からの言葉を聞き頭を上げて見えた風音の瞳は、悲しく揺れながらも肯定を意味するように真っ直ぐ実弥を見つめ返している。
「やめません。私は1度決めたことを簡単に覆せるほど柔軟性に富んだ性格ではないですから。今度……お父さんを見つけた時は……私が……頸を斬ります。だから……側で戦わせてください」