第5章 試験と最終選別
「私の顔に……見覚えは?」
実弥の横をすり抜け刀を振り下ろし鍔迫り合いにもっていき、かつては優しく笑いかけてくれていた鬼に顔を見せると、実弥に向けていた狂気の笑みを浮かべたまま質問に答えた。
「見覚え?あるわけねぇだろ!俺にとってはただの軟弱で鬱陶しい小娘に過ぎない!」
刀を弾かれた衝撃で体も後方へと吹き飛ばされ地面に転がる。
「いった……はぁ。覚えてるわけないか……覚えてたら人なんて喰べないし。でも……結構堪えるなぁ」
浅はかな己の考えを心の中で笑って立ち上がると、目の前には風音を庇うように実弥が背を向けて立ち塞がってくれていた。
「今のお前じゃなぶり殺されんのがオチだァ。お前の目的を奪っちまうが、コイツの相手は俺がする」
「駄目です。死にたくないけどお父さんが今までしてきた事の責任を取るのは娘である私の役目ですから。実弥さんが嫌な役目を引き受ける必要はありません」
身も心も守ってくれる優しい背中に縋り付くことが出来ればどんなに心地よいだろうかと考えるが、それをしてしまえば実弥は自分の父親と戦い自分に対して罪悪感を抱いてしまう。
それだけは絶対に避けたいことだった。
鬼に対する絶対的な嫌悪感を感じさせる『殺』と染め入れられた羽織りにそっと手で触れ、実弥の前へ立ち刀を構える。
「私はかつて貴方を慕い帰りを待ち続けていた貴方の娘です。お父さん、鬼にされそうになった時……苦しくて悔しかったよね。優しいお父さんのことだから、もしかすると鬼になるくらいなら死のうとしたのかもしれない。でも……その選択肢すら与えられず鬼にされて、こうして記憶をなくし人を喰べて生き長らえてしまった」
淡々とした口調からは感情は一切感じ取れない。
それでも自分の父親に刃を向ける風音の背中からは悲しみが溢れ出している。
「娘?あぁ、いたのかもしれないなぁ。俺も人間だったわけだし。記憶に一切ねぇからお前が俺の娘だったのか今じゃ定かじゃないけど。……さっさとくたばれ」
目の前にいるのは間違いなく父親で、記憶にある優しい表情と声が被って見えるのに吐き出された言葉は風音の胸を深く抉った。