第5章 試験と最終選別
「よければこの傷薬を持って帰ってください。私が調合したんですけど、効き目はそちらの男性からもよく効くとの折り紙付きですから。どうですか?気持ちは落ち着きましたか?」
手当てをして背中をさすってやっていると女性の震えはおさまりつつあるが、やはり実弥を見ると体を硬直させて顔色を悪くしてしまう。
「あの、実弥さんは怖くないですよ?鬼を倒しに来ただけですから貴女に危害は絶対に加えません」
自分が女性にとって恐怖の対象ならばと二人から少し距離をとって待機している実弥を見つめながら説明すると、女性は風音の着物を握りしめて小さな声で呟いた。
「だって……あの人の洋服……私を襲った化け物と同じだから……」
実弥には聞こえない小さな声は風音の胸に激しい痛みをもたらす。
鼓動が速くなり冷や汗が背中を伝い始める。
少しでも気を緩めれば涙が流れ、動けなくなるだろう。
そうなってしまっては目の前で恐怖に震える女性を助けられなくなると気をしっかり保ち、実弥に最低限……絶対に伝わる言葉を一言だけ叫んだ。
「お父さん!」
突然お父さんと言葉を投げられた実弥は首を傾げたが、瞬時に理解してくれたようで頷き一つを残してその場を離れた。
その背中を追いたい気持を必死に抑え、今の遣り取りを呆然と眺めていた女性に笑顔で向き直る。
「そうだったんですね。怖がらせてしまい申し訳ありませんでした。実弥さんの代わりに私が貴女をお家まで送らせていただきます。離れずついてきてくださいね?」
立ち上がって手を差し伸べると女性はその手をとって立ち上がり、化け物に対抗する手段を持っているであろう少女にピタリと寄り添い、家までの道を伝えながら歩いた。
無事に女性を送り届けた風音は実弥が駆けて行った方角へと祈りながら足を全力で動かす。
(間に合いますように……実弥さんや他の人が傷つけられる前にどうか……)
実弥と同じ服を着ている鬼など当てはまるのは一体しかいない。
鬼殺隊の剣士として人々を鬼から守り救っていた…… 風音が大好きで帰りを待ち望んでいた人だ。
「お父さん……もうやめてよ。お父さんが誰かを襲っているところなんて見たくない」
呟きが静寂に包まれた街中に消えた数秒後、少し離れた場所から戦闘音が鳴り響いた。