第4章 お稽古と呼吸の技
「十二鬼月……お父さん、人のために命を懸けていたのに……その人を……?!」
実弥の足の間で大人しくしていた風音はいきなり立ち上がり、厠の方へ走り去っていってしまった。
自分の父親が人を喰らうところを想像してしまったのかもしれない。
「……悪ィ、ちょっと様子見てくるわ。お前ら今日任務入ってねェなら泊まってってくれや。……クソ、俺が任務入ってんじゃねぇか。何にしても俺が戻るまで茶飲んで待っててくれ」
立ち上がり早足で風音の元へ向かう実弥の後ろ姿が、二人には悲しんでいるように見えた。
「ゲホッ……うっ……どうしよう。十二鬼月の娘なんて……実弥さんや柱の方の迷惑に……実弥さん……」
「おい、誰がお前を迷惑なんて言ったァ?アイツらも迷惑なんて言ってねェだろ。……こっち見やがれ」
実弥が来てくれているのは足音で気が付いていた。
しかし泣いて厠の前に蹲る情けない顔も姿も晒せなかった。
「……はァ……前に言ったろ。一人で勝手に結論付けて一人で勝手に悲しんでんじゃねェってよ。…… 風音、頼むからこっち見てくれ」
自分を呼ぶ声がとても悲しく聞こえ反射的に体を実弥の方に向けるが、涙でグズグズになった顔など見せられないとばかりに両腕で隠されている。
「ごめ……なさい。でも私、どうしても剣士に……なりたい。頑張るから……お稽古も家事もお買い物も……お薬作りも全部頑張るから……どうか側に……いさせて」
実弥に拒まれるのを恐れるように顔を隠しながら涙を流し続けている風音の姿が実弥を悲しみで覆い、堪らず固まり縮こまっている体を抱き上げて廊下へと移動した。
「何でお前が全部負担しなきゃなんねェんだよ。せっかく健康なったのに、元に戻っちまうだろうが。俺は風音の父ちゃんのことを知った上で弟子にして……愛しいっつったんだぞ。例え願われても離すつもりなんてさらさらねぇよ」
今までなら抱き寄せれば体の緊張を解き涙も止まっていたのに、今は実弥の温かさや言葉でさえそれらから解放してやれない。
それほどまでに風音にとって、父親のことが胸を抉ったのだろう。