第4章 お稽古と呼吸の技
どうにか涙をこらえて台所に辿り着いた風音は、最近見付けた薬缶に水を入れて火にかけた。
急須や湯呑みを準備するも、湯呑みを自分の分も用意して構わないのか分からず手が止まった。
「一緒にお茶なんて飲みたくないか……どうして私はこんなに鈍臭いのかな。一番怒らせなくないのに……いつも怒らせちゃう。嫌われたくないよ」
風音にと実弥が用意してくれた湯呑みを棚に戻すと、蝶屋敷から我慢していた涙が止めどなく溢れ、次々と頬を伝っては床にぽたぽたと流れ落ちていく。
それを拭かなければと手拭いを手に取ってしゃがみ込み……余計に涙が溢れて拭いても拭いてもキリがない。
「泣き止まないと……これ以上迷惑掛けられない。お茶だけ出したら……部屋で基礎鍛錬しよう。少しでも早く強くなって……」
どうすると言うのか。
今の状態ではとても稽古などつけてもらえないし、下手をすればほっぽり出されてしまうかもしれない。
「それだけは嫌……やっぱりきちんと謝らなきゃ。火だけ止めて……」
立ち上がり薬缶の前にと振り返ると、突然視界が見慣れたはだけさせた隊服と傷痕の残る胸元で覆われ、全身が優しい温かさで包まれた。
「悪かったなァ……泣かせたかったんじゃねェんだ」
つい先ほどまでの刺々しさが皆無となった実弥の声が風音の耳元で聞こえた。
予想だにしない出来事に風音の頭の中が一瞬真っ白になったが、実弥が抱きしめてくれているのだと理解すると恐る恐る広い背中に自分の腕を回した。
「……お前、俺に対して警戒心ないだけなのか、俺を男として見てねェのかどっちだァ?好いてくれてんのは知ってるが、お前の行動がどう考えての行動なのか分かんねェんだよ」
「私は……実弥さんが大好きです。お母さんがお父さんに感じていた気持ちと一緒……だと思います。男の人として……というのはよく分からないけど、愛しいって気持ちに……嘘はないです。だから……」
嫌いにならないで……
言葉にすることが出来ず目をギュッと瞑ると、顎に指が掛けられてゆっくりと掬い上げられた。
翡翠色の瞳に映ったのは、目尻を下げて困ったように笑う実弥の表情だった。