第2章 塞翁が馬
嫌だ、知りたくない。彼女に見覚えがあろうが無かろうが、思い出したくない。どうせ思い出しても彼女はきっと銀時さんの隣にいるのだろう。あんなに幸せそうな笑顔を、銀時さんによって携えられた笑顔をこれ以上見てしまえば、自分の胸の内に秘めた彼への想いが汚い感情で塗りつぶされそうになる。それだけは絶対に嫌だ。決して起きてはならない事態だ。しかし、考えを止めようとすればする程、思考は彼女の事に持ってゆかれる。
敵うはずが無い。率直に感じたのは己の敗北。
あんなに綺麗で優しそうで、同性の私から見ても見惚れる程の人。好みは結野アナウンサーだと言い張ってはいたけれど、きっと銀時さんはあの女性(ひと)が好きなのだろう。
せっかく銀時さんへの恋心を取り戻したというのに、諦めなければならないのだろうか。せっかく、所々しかないが、銀時さんを好きだと自覚する記憶がいくつもよみがえったというのに、この想いを手放さなければいけないのだろうか。
ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴ…
日曜日ではあるが、昼過ぎまで寝過ごさないようにセットしておいた目覚ましで我に帰る。かぶっていた布団から手を伸ばし、ベッドの横においてあるテーブルへと腕を伸ばす。カチッと目覚ましを止めて、本日の予定を立てる。そうだ、今日は気晴らしにウィンドウショッピングにでも行こう。父は早朝から出張へ向かったはすだから、残念ながら一人歩きになるけれど、たまには良いかもしれない。今は十時だから、朝に弱い私の為に作ってくれたであろう父の朝食をブランチにでもして、一時位に外へ行って…。
わざと思い出したくないものから思考を逸らすように、私はいそいそと顔を洗う為にベッドから降りた。