第2章 塞翁が馬
突然訪れた再会の日から、私の安眠はなくなってしまった。いつものように朝日で目を覚ますけれど、起きれば必ず涙がとどめなく零れ落ちるようになった。毎晩少しずつ、今まで私の中で眠っていたかぶき町での記憶を鮮明に夢として見るからだ。夢の内容も忘れる事なく起きるため、余計に懐かしさと寂しさで胸がいっぱいになる。でも、皆と供に過ごした楽しい記憶を思い出す事に、間違いなく喜びを感じていた。
昨日は神楽ちゃんと季節限定の酢昆布を買いに行った時の夢。一昨日は長谷川さんに多く作ったご飯をお裾分けした時の夢。今日の夢は……。
思い出した瞬間に背筋に寒気が走るのを感じた。別の意味で胸が痛み始めて、新たな涙が滲み出そうになる。それを堪えるかのように、ベッドの中に深くうずくまった。
今日の夢、出来る事なら今日思い出した記憶だけは見たくなかった。
夢でよみがえった記憶を振り返ればそこに、一組の男女がいた。男性の方は後ろ姿ではあるが、見間違えるはずも無い、恋いこがれている坂田銀時さんだった。しかし、もう一人の女性に見覚えは無かった。ただ分かるのは、彼女は美しい女性である事。顔に大きな切り傷が鎮座しているものの、それらは彼女の妖艶な雰囲気を逆に引き立てているように思えた。色素の薄い金髪は、不思議と夜空に昇る優しい月を連想させる。煙管を片手に持ち、大きくスリットの入った着物から覗くすらりとした脚。格好でいえば明らかに堅気ではない。けれど、彼女の纏う空気はどこにでもいる、恋する娘のそれであった。長屋へ共に歩みながら見つめ合う二人は、お似合い以外の何者でもなかった。
いつの間に彼女と出会ったのだろうか。いつの間に彼女に心開いたのだろうか。いつの間に銀時さんは彼女が惚れるような事をしたのだろうか。いつの間に彼らは供に暮らすようになったのだろうか。夢を通して結構な量の記憶を取り戻したが、どうも虫食いだらけの紙のように、所々しか埋まらない記憶のパズルに不安と苛立を覚える。お登勢さんや神楽ちゃん、新八君の事は割と早く思い出す事が出来た。きっと彼らとは長い付き合いをしていた分、思い出す記憶の数が多かったのだろう。桂さんやあやめさんは共に過ごした時間が短い分、思い出すのに少々時間がかかった。今回の人も、その内わかるようになるのだろうか。