第1章 袖触れ合うも他生の縁
うんたらかんたら、流れるように彼は髪に対する願望を口にする。唖然として硬直していたものの、我に返った私はなんとか言葉を紡いだ。
「ぁ、すみませんでした。考え事をして、いて。突然ぶつかったので、少し、驚いてしまっただけです。」
妙に区切りの多い言い方になってしまったが、返事をした私に彼は先ほどよりも柔らかい表情を浮かべた。言葉を少し返したおかげか、私自身もなんとなく落ち着く事ができた。
「お、やっと喋ったな。まあなんともないなら良いんだが。それよりも一人で帰ってんのか。まだ明るい時間帯とはいえ、ここら辺は不良が多いから今度からは誰かと一緒に帰ってもらえよ。」
「あ、いえ。今日は偶々なんです。いつも一緒に帰っている友達が彼氏とデートしに行ったので。でも明日からは普通に彼女と帰れますので。お気遣い、ありがとうございます。」
「そうかい、若いのは良いねえ。」
と呟いたその人は、手荷物のない左手で、着ていた白衣のポケットから何かを出した。
「ほれ、飴ちゃん。」
え、と思って半ば強引に手渡された物を見ると、それは一粒のいちごミルク味のキャンディだった。こんなに可愛らしいものを大の男が所持していると思ったら、自然と可笑しさで口元に笑みを浮かべてしまったが、男はそれを見て私が飴好きだと勘違いしたらしい。
「何々、好きなの飴ちゃん。そいつは良かった。俺の大事な大事な糖分わけてんだかんな。よく味わえよ。そんじゃあな。今度歩くときはちゃんと前見て歩けよ。」
ふいに、頭に温もりを感じた。頭を数回撫でた後、彼は私の視界から消えた。彼は彼の行くべき所へと向かったのだ。私の家もあと数メートルも進めば辿り着く。帰らなければ。そう意識して何度も繰り返し自分に言い聞かせているのに、何故か体はその場から動こうとしない。どうしても、別の事に考えが逸れてしまう。
さっき、頭を撫でられた時、あの感覚は、あの温もりは……。