第1章 袖触れ合うも他生の縁
ふと、住宅街に入った後、今朝の夢の事を突然思い出した。起きれば泣いた痕を見つけたが、きっと恐い夢ではなかったのだろう。もし夢が恐怖に支配されていたのなら、大抵の出来事は覚えているはず。今まではそうだったのだから、今回だけ覚えていないというのは違う気がした。なら流した涙の意味するものは一体なんなのだろう。夢の内容もそうだけど、私を泣かせるほど動いていたはずの感情も目が覚めた時には残っていなかった。
嬉し泣き、悔し泣き、笑い泣き。色んな「泣き」を考えて当てはめようとも、結局どれでもない気がした。最終的には、たかが夢でここまで悩む自分が馬鹿らしく思えてしかたがない。しかし同時に、夢に強い執着を持ち始めている自分に気づかされる。何故こんなにも心が落ち着かないのだろうか。
やめよう。こんな欲しい答えのない不毛な自問自答は。そう自己完結して、最後の曲がり角で左へ進む。しかし、曲がるや否や前面から軽い衝撃を受けた。考え込むうちにいつのまにか視線はどんどん足下へ落ちてゆき、前方に対する注意が足りなくなっていたようだ。衝撃で一歩後ろへが下がったものの、体制は簡単に立て直せた。急いで前方にぶつかったものを見ると、一人の男性がそこにいた。
あれ、この人は…。
「んあ、大丈夫か。」
眼鏡越しに見える気怠そうな赤い瞳と夕日できらきら光を反射する色素の薄い髪。初めて会うはずなのに、どこかで酷くこの人との強い繋がりを感じた。そんなはずないのに。こんな容姿の人、どこかで見かければ忘れるはずがない。しかし、理性が否定する都度に、己の中の感情がそれを上回るように心をかき乱した。
「おーい。本当に大丈夫か。何、そんなにびっくりしちゃったの。別にぶつかった位でそんなに驚かなくても…。はっ、まさかこの天パか!この天然パーマでびっくりしちゃったのか!あまりにも見事にくるっくるっしてっから驚いたのかコノヤロー!これだからサラッサラヘアーの奴らは駄目なんだよ。畜生、羨ましい!」