第1章 袖触れ合うも他生の縁
夢の内容は覚えていない。朝日が昇り、ブラインドの僅かな隙間から差し込む光で目を覚ますと、目元と頬全体にある違和感に気づいた。まだ眠気と怠さが残る体をベッドの上から起こし、顔を手で触れてみる。いつの間に泣いていたのか、乾いた涙の痕が変に肌をカサつかせていた。夢の中に誰かが出てきたような気もしたけれど、その人に泣かされたのだろうか。ーーー男の人、だったような。
その人物の性別でさえ分からない程に曖昧となってしまった夢を不思議に思いながらも、学校へ向かう為の準備を始めた。
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「ごめんね、今日の放課後は彼氏と初デートの約束したの。」
授業の終わりを告げるチャイムがなった後にそう告げてきたのは、いつも帰路を共にする友達だった。生まれて初めて出来た彼氏というのもあってか、謝りながらも彼女の頬は初々しく桜色に染まっていた。その姿が愛らしく、そして微笑ましくて、こちらまで幸せな気分にさせられた。
「気にしないで。彼とは家が反対方向だから、普段は一緒に放課後は過ごせないんでしょう。今日はたっぷり楽しんできて。」
そう彼女に言えば、うん、ありがとう、と素直な返事が返ってきた。
短いやり取りが終わるや否や、噂の彼氏が三年の階まで来て友達を迎えに現れた。さようなら、また明日、と挨拶を交えれば、彼女は二歳年下の彼の元へと小走りに去って行く。完全に姿が見えなくなるまで見送れば、私も残りの教材を鞄へと詰め込み、温かい気持ちで他の生徒に混じり下校し始めた。
家と学校の間の道のりは徒歩で二十分程。放課後に学生達がたむろするゲームセンター、主婦達を多く見かけるスーパー、人気のない寂れた公園などを通り過ぎれば、静かな住宅街の中に私の住まいを見つける事が出来る。今日は友達も居ないため、いつもよりゆっくりとした歩調で道を進んでゆく。