第2章 塞翁が馬
醜い考えだと自覚しているものの、一度生まれた希望に縋り付く。良くない動機だとは思うが、この恋を諦めなくても良いのならば何でも良い気がしてきた。空になったマグをテーブルに置き、ふと窓の外を見ると、目を見開いた。
視線の先には私の心を占めるその人がいた。白いジャージを着ていて、ゆっくりとしたペースで歩いている。前に会った時は眼鏡を掛けていたが、今日はそれもなく、記憶通りのその人がいる。私は先ほどの希望を胸に、急いで支払いをし、店を出て行った。
なんとか銀時さんを見失わずに店を出れたが、彼は予想以上に随分と先にいる。このまま走って追いついて、この前ぶつかったお詫びにお茶に誘えるかもしれない。不審がられるかもしれないが、今の私にはこれしか彼に近づける理由がない。そう結論づければ、私はパンプスで痛み始めてきた足に構わず、走り出した。
駅前の噴水で腰を下ろした銀時さんにあと十数メートルで辿り着く。短くなる距離に安心し、私は走りを緩やかにして運動と緊張からくる心臓の高鳴りをなんとか落ち着かせようとした。しかし次の瞬間、信じられない光景を目の当たりにした。
銀時さんに近寄る一人の女性。間違いなく夢で銀時さんと供に長屋へ入った女性だ。現代の服を身に着けている彼女は、江戸にいた頃に比べれば奇抜さはないが、それでも大人の魅力溢れる綺麗な人だった。私の心臓は一層強く鼓動を打ちはじめる。やっと見つけた希望さえも絶望にすり替えられてしまった。
そうよね。きっと彼の事だもの。一度心に決めた人なら、彼は何度生まれ変わろうとも追い続けるだろう。記憶などなくとも、愛し合う二人の魂は惹かれ合う運命なのかもしれない。
ハンドバッグを肩にかけ直し、私はその場を後にする。