第2章 塞翁が馬
店を離れた後は、最近荒れ気味の心を落ち着かせる為にお気に入りの喫茶店、『竜宮城』へ入る。窓際の席に腰を下ろし、小さい頃から注文しているホットココアをウエイトレスさんに頼んだ。今日は不在のようだが、このお店の経営者である乙姫さんの出すホットココアは、外国のココアを真似てマシュマロ入りなのだ。普通のココアとは只単にマシュマロが入っているかいないかの差だが、これ一つで喫茶店に訪れる子供達の心は鷲掴みにされる。ちなみに私も幼い頃、この戦法にまんまとやられた口だ。
届いたココアに息を吹きかけて冷ましながら楽しむ。中学にあがって、よく友達ともここに足を運ぶが、これを頼む都度に「子供っぽい」とからかわれる。それでも好きだからとホットココアを注文しなかった事はなかった。まろやかな味で気分が落ち着く。
しかし心に余裕ができたからか、今まで気づかなかった事実が頭をよぎった。
この前に再会した銀時さんは私の事を覚えていなかったのだろうか。最近は自分の記憶に振り回されていて気づかなかったが、彼は私を知っている素振りを見せていない。天然パーマを気にしていたり、飴を持ち歩いている様があまりにも前世と変わらなくて、あちら側の記憶の有無に関して失念していた。もしも彼に前世の記憶が無いのだとしたら、夢で見た女性の記憶も彼には無いはず。
そこで私の脳裏には一つのずるい考えが浮かび上がった。
なら、現世では私にもチャンスがあるのだろうか。この想いを諦めなくても良いのだろうか。彼が前世での恋人とこの時代でも出会ったとは限らないし、記憶にないのなら彼女に惚れる可能性も少しは低くなる。そもそも前世の記憶を取り戻す事自体、本来ならば難しい事なのではないか。ならば彼に近づき、今生で彼を振り向かせる事も不可能ではないのかもしれない。