第16章 河上万斉《aishi》※つんぽ
「いざ尋常に……勝負を申し込みます」
腹の底から絞り出すように○○は告げた。
「父の仇……しかと、取らせていただきます」
○○の父親は鬼兵隊士に殺されていた――
万斉がそれを知った時、既に○○の才能に惚れ込んでいた。今さら、手放すわけにはいかなかった。
直接手を下したのは誰か。それはわからない。だが、自分である可能性はゼロではない。
○○の父親が殺された時の急襲に、万斉は加わっていた。
「よかろう……」
万斉は背中に差した刀を、○○に投げた。
受け取ると、すぐに鞘を抜き、正眼に構えた。切っ先には、愛しい男。
万斉の目に映る○○は隙だらけだった。道場剣術は一通り、○○は学んでいた。
だが、命を懸けた斬り合いの場を多く踏んでいる万斉にしてみれば、その斬り込みは軽くかわせる。
「覚悟!」
踏み込み、○○は刀を右上から振り下ろした。
刀で防ぐまでもなく、万斉は身を退けて攻撃をかわした。
○○の刀は地面に向けられている。ガラ空きの体に、万斉は刃を振り下ろした。
だが、刀で斬られた痛みは、○○の体を襲いはしなかった。その切っ先は宙を斬り、鞘へと納められた。
「どうして……」
感じたのは、腕の感触だけ。
「殺されたかったのに……」
抱き締められた腕の中で、○○は悲痛な声を漏らす。
「拙者に……お主が斬れるわけないでござろう」
○○の父が鬼兵隊士に殺されていたと知った時、惚れ込んでいたのは才能だけではない。
○○自身にも、とうに惹かれていた。思えば、初めから惹かれていたのかもしれない。
そうでなければ、姿を現さないとされる人間の名を名乗って、○○の前に現れることはなかった。