第16章 河上万斉《aishi》※つんぽ
――鬼兵隊が動き出した。
どこからか聞こえて来た言葉に、○○は顔色を変えた。
父を殺した組織の名は――鬼兵隊。
爆音と炎は、○○のすぐそばにまで迫っていた。
黒煙により、間近にいた男の姿もが見えなくなった。このままここにいては、我が身が危ない。
相手は殺戮集団の攘夷浪士。相手が一般市民であろうと、ためらいなく斬り捨てるだろう。
(斬られる……?)
○○は黒煙から逃れながら、逃げ腰の姿勢を取る自らに鞭を打つ。
憎き仇である鬼兵隊を目の前にして、何を臆しているのか。
武士の娘としての心構えは、○○も学んでいる。
――相討ちになったとしても、たとえ返り討ちにあったとしてでも、親の仇は討つべし。
鬼兵隊は神出鬼没で、次にいつどこに現れるかわからない。
今を逃せば、復讐のチャンスは二度と巡って来ないだろう。
だが、浮かぶのは母の顔。ここで自分が死んでしまえば、母にはさらなる悲しみを与えることになる。
それから、もう一人――
「……○○?」
黒煙の中から、その男は姿を現した。
「なぜ、こんな所にいる」
たった今、脳裏に浮かべていた男の顔が目の前にあった。
忌々しげな声は、○○が勝手に部屋を抜け出したことへの恨みだろうか。
その手に持たれているのは、いつもの三味線ではない。
血にまみれた、白刃。
「鬼兵……隊士?」
彼は何も答えなかった。
音楽プロデューサー・つんぽは表の顔。その正体は、鬼兵隊・人斬り河上万斉。
真っ直ぐに見据える万斉の瞳は、サングラスに隠され、表情はうかがえない。