第16章 河上万斉《aishi》※つんぽ
「貴方になら、殺されてもよかったのに……」
敬愛していた父のため、目の前の仇を見逃すわけにはいかなかった。
数多の死線を掻い潜っている鬼兵隊士を相手に、敵うとはもちろん思っていない。
死するならば、せめて愛する男の手によって――
「二度と……○○の前には現れないでござる」
耳元で万斉は囁いた。
相手が誰であろうと、この先もずっと、○○は仇討ちを果たそうとするだろう。
○○を斬りたくはない。そのためには、もう二度と会わないという選択しかない。
「知りたく、なかった……」
ずっとずっと、知りたいと思っていた素顔。
「鬼兵隊士だなんて……知りたくなかった……」
○○の手が柄から離される。地面に落ちた刀はコンクリートを打ち、冷たい音を響かせる。
○○は万斉の体に腕を回した。
「○○……」
――すまない。
その言葉と、触れるだけの口づけを残し、万斉は姿を消した。
「……さようなら」
○○は口の中で呟いた。
その後、二度と○○は、鬼兵隊と出くわすことはなかった。
謎のベールに包まれた歌手は、デビュー曲だけを世に残し、その存在を消した。
だがもう一曲、世に出ることのなかった幻の二曲目があるらしいとの噂が、巷間で取り沙汰された。
その曲は、決して結ばれることのない二人を歌った、哀しい愛の詩だという。
(了)