第16章 河上万斉《aishi》※つんぽ
都心の一室に缶詰にされていた○○は、その日、部屋を抜け出した。
セカンドシングルのレコーディングを終え、次はいつ仕事が入るかわからない。
母とは久しく会っていない。一日くらい……と、思わずにはいられなかった。
久しぶりの我が家。とはいっても、移り住んだのは数年前。父が亡くなった後、母子二人で身を寄せた。
母の実家のある港町。彼と出会った、あの場所。
ここの所、つんぽは○○の元を訪れていない。
○○は彼について、未だに何も知らない。知りたいという気持ちは、日に日に強くなっている。
「ちょっと止まって下さい」
俯き加減で歩いていた○○は、突然の静止の声に驚き、顔を上げた。
目の前には黒服の男が立っていた。その制服は真選組のものだった。
「今ここ、立ち入り禁止なんです」
「え?」
男の後ろには、物々しい雰囲気の隊士達が集まっていた。
「何か……あったんですか?」
「それはちょっと……一般の方に教えるわけには……すいません」
「この先に母がいるんです。通して下さい」
とにかく危ないから通せない、の一点張り。
自分の身分を明かせば融通が利くだろうかと、○○は身分を明かした。
「私は、元幕府政事総裁、□□の娘です」
「え? □□総裁の?」
男は顔色を変えた。
それは、数年前に殉職した、元政事総裁の名。
会合中に攘夷浪士に襲われ、十数人の犠牲者を出した中の一人だった。
「それじゃ、ますます通すわけにはいきません。総裁の娘さんを、むざむざ危険な場所に赴かせるわけにはいきません」
「そんな」
言い終わるか終らないかの時だった。港の方から、連続して爆音が聞こえた。