第14章 志村新八《嫁に来ないか》
「とりあえず、同性愛者だと思わせておけば、結婚なんて話はしばらく持って来ないだろうから」
○○さんの部屋に戻り、僕は化粧を落としていた。
あれから、一度も○○さんと顔を合せられていない。
「ごめんね。変なことさせちゃった」
○○さんは謝る。
「私とキスするのが嫌だったら悪いなと思って、新八君からしてくれるの待ったんだけど」
僕は自分の顔がみるみる紅潮するのがわかった。
軽いキスでは、三人はまだ疑うかもしれない。だから、あんなに濃厚な……
唇と口内への生々しい感触が蘇る。
「で、でも……普通に男の人を連れて来るんじゃ、いけなかったんですか?」
僕は着物に袖を通した。ようやく、いつもの姿に戻れた。
恋人がいないならいないで、振りをしてくれる人を見つければいい。
女じゃないと好きになれないなんていう理由じゃなくても、好きな人がいれば、縁談も考え直してくれるのではないか。
「たぶん、今の新八君じゃ、うちの両親は納得しないだろうから」
「僕じゃなくて、他にです」
それこそ銀さんとか、他に依頼する人がいたはずだ。
いやまあ、あんな死んだ魚のような目をした万年金欠男を恋人だと紹介されたら、親なら即刻別れろと言いそうではあるけれど。
「嫌だよ。新八君じゃなきゃ」
「……は?」
「将来的には、きちんと男の格好をして、うちの両親に紹介することが出来ればと思ってるよ」
……今、何て?
「今の新八君じゃ、うちの親が納得しないだろうから、女装なんて変な真似しちゃったけど……」
ベッドの上で膝を折り、○○さんは窓を見ていた。
ポツポツと咲き始めた桜が風に揺れている。