第14章 志村新八《嫁に来ないか》
「○○、さん?」
声をかけると、○○さんは振り向いた。その顔には赤みが差していた。
女装中はメガネをかけていなかったから、全く気づいていなかった。
「キスしてくれたってことは、私のこと……嫌ってわけじゃ、ないよね?」
……今、何て?
「うちの親、腕っぷしが強くて、頭脳明晰な男じゃないと認めないから」
ベッドから素足を放り投げ、○○さんは爪先を見つめている。
「私としては、今の新八君で充分なんだけど」
見上げて来る○○さんの顔は真っ赤で、きっと僕の顔も、もっと真っ赤になっていることだろう。
「でもなによりも、新八君の気持ちが一番大事なんだけど」
万事屋の扉を開けた瞬間に飛び込んで来た彼女の姿に、僕は目を奪われた。
手を握られてドキドキして、唇を重ねられて心を奪われた。
「ずっと見てたんだよ。新八君が剣術の修行してる所」
そう言いながら、○○さんは立ち上がり、窓を開いた。
「新八君は私のこと知らなかっただろうけど、私はずっと、新八君のことが好きだったんだよ」
こんなに可憐な少女がどうして僕なんかに好意を向けているのだろうか。
騙されているのではないか。僕がここで告白を受け入れた瞬間に『ドッキリ大成功!』と書いたボードを持ったエリザベスが飛び込んで来るのではないか。そんな風に疑ってしまう。
「僕……なりますから」
○○さんは振り返った。その目をしっかり見て、僕は決意を伝える。
「腕っぷしが強い、世界中の誰からも○○さんを護れる、そんな男に」
今は姉上や銀さんに護られてばかりだけど、好きな人を護り通せる、そんな男に僕はなる。
「やっぱり、ちゃんと男の格好をしてる新八君が好き」
○○さんは小さく微笑んだ。
「それから」
○○さんの背後で、桜の花びらがひらひらと揺れている。
花びらが一枚、僕の所まで舞い込んだ。
「ファーストキスだからね」
風に乗って、○○さんの小さな声も僕の耳まで届いた。
(了)