第13章 高杉晋助《雪桜》
高杉は身を固めるつもりなど全くない。
結納の席をぶち壊し、○○との婚約を解消させる。
そのためには、○○まで結納の席に現れなかったら意味がない。
「それに、○○はこれからもずっとこの村にいるんだ。変な噂が立っても困るだろ」
小さな村のため、噂はすぐに村中に伝わる。
結納をすっぽかしたことが噂になれば、村の人達から後ろ指を指されることになりかねない。
○○の家にまで迷惑がかかる。
「結納をすっぽかされた可哀相な子っていう噂は、立ってもいいの?」
高杉は小さく笑った。
「笑わないでよ」
○○は木の幹に触れた。
この桜の木は、幼い頃からの○○と高杉を知っている。
○○と、高杉と、松陽のことを知っている。
高杉の師である吉田松陽。二人が幼い頃、松陽は村の貧しい子ども達に手習いを教えていた。
塾には通っていなかったが、○○にとっても松陽は尊敬出来る師のようなものだ。
初めて会ったのは、桜の木の立つこの場所だった。
彼は今、幕府に捕らえられ、江戸で牢に入れられている。
遠く離れた江戸の街。
どんなに見晴らしの良い場所からでも臨めるはずはない。
それでも、この小高い山が村の中では江戸を一番近くに感じられる場所。