第9章 山崎退《ツンとデレは4:1で》
「そろそろ日が暮れるね」
頬杖をつきながら、○○は呟いた。
その顔は、オレンジ色に染められている。
俺達の乗るゴンドラは地上を旅立ったばかり。
頂上までは、七、八分といった所か。
俺の心臓は早鐘を打っていた。
ポケットの中の指輪を何度も指で突いてしまう。
クリスマスの時は、あと一歩の勇気が出ずに取り出せなかった、給料三ヶ月分のこの指輪。
「綺麗だね」
○○と同じように外を眺め、俺も呟いた。
○○は俺に一瞬、目を向けると、口元を緩めた。
笑っている。
最高のシチュエーションだ!
今日しか、今しかない!
そんな俺の最高潮の気分を邪魔するかのように、電話は鳴り出した。
○○がポケットから取り出した携帯電話は、バイブレーションで小刻みに震えている。
○○はディスプレイを見たあと、一瞬、俺の顔を見た。
出ていいかの確認かと思ったが、そうではないらしい。
俺の答えを聞くことなく、○○は通話ボタンを押して電話を耳に当てた。
「もしもし」
途端に、ゴンドラ内の空気が変わった。
俺にとっては、変わった気がした。
最高のシチュエーションが冷めて行く。
「退? ええ、いますけど」
名前を口にしながら目を向けられ、俺の心臓は早鐘を打った。
さっきとは違う意味で。
俺の知り合いで、○○の携帯番号を知っている者?
考える間もなく、俺の思考回路は停止した。
「見廻り?」
○○の口から出た、その一言で。