第24章 高杉晋助《一夜ひら》
高杉の唇が近づく。○○は顔を伏せた。
「知っているでしょ。私はもう、遊女じゃないんです」
商品の○○はもう存在しない。
○○の意思で、相手を拒否することが出来る。
「お金で買われる存在じゃ、ないんです」
口から出る言葉に、○○自身が戸惑う。
この街に残っていたのは、彼のためだったはずなのに。
吉原が解放され、多くの遊女が自由を手にしたことを喜んだ。
だが、○○は違った。
喜びよりも、懸念が浮かんだ。
どんな男を相手にしようが構わない。
その男の中の一人に、好いた男がいたから。
彼との、高杉との一時の逢瀬があったから、他の客の相手も耐えられた。
その生活は、突然失われた。
遊女ではなくなった○○の元には、かつての客達はほとんど訪れなくなった。
高杉も二度と来ないかもしれない。そう思っても、廓から出られなかった。
吉原以外に、彼との接点はないから。
そして今日、彼は現れた。
「女が欲しいなら、別のお店に行って下さい」
待っていたのに。
他の女の所になど、行ってほしくないのに。
それなのに、商品として扱われることには抵抗がある。
「私より上等な商品を買うことが出来るお店は、まだありますよ」
自由を手にし、人としての矜持を自覚してしまったから。
高杉への想いと、人としての誇りの狭間で、○○は揺れる。
ここで拒めば、高杉は二度と自分の元へやって来ないとわかっているのに。
「こんな居心地の悪い街にァ、二度と来ることはあるめーよ」
低く落とされた声が耳を刺す。
耳だけではない。その言葉は、胸をも突き刺す。
買えない女に用はない――そう、宣告されたようで。
「俺ァ、お前を買いに来たんじゃねー」
だがそれは、○○の早合点だった。
「俺の元に来い」