第24章 高杉晋助《一夜ひら》
○○は顔を上げた。
雨足はさらに増している。
雨の音に紛れて聞こえた言葉は、聞き間違いだろうか。
遊廓・吉原桃源郷。
女を買い、欲求を満たすために存在する男のための極楽。
その吉原で、金を払わずに女を買うことなど出来るわけがない。
「俺は○○を金で買ったつもりは、一度もねー」
元々、高杉は春雨幹部との密談で吉原を利用していた。
女を買うことが目的ではない。
○○とはその折に出逢い、昵懇になった。
登楼や酒肴のための金銭は払っていた。
それでも○○の心や体まで、金で買っていたつもりはない。
○○の気持ちが自分に向いていなければ、床を共にさせる気など端からなかった。
「お前も運のない女だな」
高杉は嘲るように笑う。
「ようやく街から解放されたってのに、また閉じ込められることになるなんてな」
高杉は○○の顎に親指をかけ、上向かせた。
見つめる○○の瞳には、美しい光が満ちている。
「俺の元に来い」
今度は、はっきりと聞こえた。
「○○のいないこの街にァ、二度と来ることはあるめーよ」
傘と傘のわずかな隙間から零れ落ちる雨粒が、高杉の着物を濡らしている。
○○は傘を手放し、高杉の胸へと飛び込んだ。
雨に濡れないように、体を密着させる。
「俺ァ、お前を死ぬまで手放しゃしねー」
隣で花開く紫陽花は、薄桃と紫の身を寄せ合って咲いていた。
その色彩は、○○の着物と高杉の着物とよく似ている。
「縛られるのは、私だけじゃありません」
薄桃と紫の周りを、白い花が囲んでいる。
「私も貴方を、死ぬまで放しません」
白紫陽花の花言葉は、一途な愛。
(了)