第24章 高杉晋助《一夜ひら》
「居心地の悪い街、に、なりましたか」
高杉は薄く笑い、○○に近づく。
「地上と変わりゃしねー」
いつだったか、高杉は言っていた。
地下深くに存在する吉原には、日が射すことがない。
いつでも闇の中にある。その暗さが、心地いい。
「女どもも様変わりしてやがる」
光を手に入れた遊女達の瞳は明るくなっていた。
閉じ込められ、好きでもない男に抱かれるだけの、生きる屍だった頃の彼女達の姿はない。
「皆、自由になりましたから」
○○は紫陽花へと手を伸ばした。
廓の庭を彩る、薄桃と紫と白。雨が似合う、六月の花。
雨が降ることがなかったこの地に植えられていた、場違いな紫陽花。
庭に咲いていると聞いてはいたが、目にしたのは廓からの出入りが自由になってから。
一体、誰が植えたのだろう。
「変わらねーのは、○○だけか」
○○は高杉に視線を向ける。
その隻眼と目が合った。
○○はわずかに首を傾げた。
「私も、自由になりましたよ」
作り笑顔で酌をすることも、嫌な男に抱かれることも、二度と強制されることはない。
思い立てば、吉原から出ることも出来る。
「からきしそうは見えやしねー」
だが、○○は吉原に残っていた。
逃げ出したいと思ったことは幾度もあった。
それでもいざ自由を手にしても、○○は吉原から出られなかった。
出られない、理由があった。
高杉の視線が真っ直ぐに向けられる。
その視線は鋭い。
「お前の目には、光が見えやしねー」
○○は今でも、繋がれていた。
この男に。この高杉という男の鎖に。